
下部ホテルの矢崎道紀社長
新規層開拓、地域振興にも貢献
山梨県身延町、下部温泉の下部ホテル(矢崎道紀社長)は、体験型リゾートの展開を目指すMAGMA(東京都渋谷区、福永祐大社長)と業務提携した。MAGMA社が下部ホテル内の一部スペースに、子ども向けアクティビティを多数提供し、ファミリー層をターゲットとする体験型の宿泊ブランド「MAGMA RESORT Shimobe」をオープン。温泉旅館内に別のブランドが共存する「体験×温泉旅館」の新たなビジネスモデルに挑戦する。下部ホテルの矢崎道紀社長に、旅館経営やMAGMA社との業務提携について聞いた。
下部ホテルの外観
――はじめに下部ホテルの現状についてお聞きしたい。
「売り上げはコロナ前の水準に戻った。宿泊人数は、もともと団体客が減少傾向にあったが、コロナ前の状態には戻っていない。団体客は完全には戻らないとみている。昨年、4室を2室にする形で新たなスイートルームを新設したが、個人客に注力することで単価を引き上げ、売り上げを伸ばしている」
――主な客層、ターゲットは。
「コロナ前は団体客が4割ほどあったが、縮小傾向にある。当館は客室数が90室、それなりの規模があるので、全方位型というと誤解があるかもしれないが、どのようなお客さまが来ても喜んでいただけるものを提供したいと考えている」
――顧客満足度を上げるための取り組みは。
「当館では従来から、体験やアクティビティの提供に力を入れてきた。温泉と料理を楽しみに宿泊されるお客さまがメインだが、特にファミリー層や若い方はさまざまな楽しみ方を求める。当社の社員が毎晩ラウンジで披露する信玄出陣太鼓のステージなどは37年前から行っているが、他にも体験、アクティビティなどを提供していく必要がある。コロナ禍で休館した時期に、社員と一緒にアイデアを出し合って新しい取り組みを始めた」
――具体的に新しい取り組みとは。
「多くの温泉旅館で実施されているが、湯上がりアルコールや湯上がりアイスの提供、温泉ゆで卵づくりなどを始めた。当館敷地内の釣り堀での釣り体験も、以前は夏休み限定のアクティビティだったが、通年提供できるよう見直した。また、夕食のビュッフェでは、ライブキッチンに加え、料理人がお客さまの席をワゴンで回り、その場で出来たての料理をサーブするサービスを始めた。朝食では焼きたてのパンを各席に届ける。当初はコロナでビュッフェが制限されていた中で考案したサービスだが、好評だったため、今も継続している」
「1泊ではなく、2泊、3泊の滞在につながるよう地域密着のツアーも提供している。グループ会社として『南山梨ツアーズ』という旅行会社を立ち上げ、地域限定旅行業に登録した。夜桜ツアーやホタル観賞ツアー、富士山鑑賞のナイトツアーなど、地域の自然や文化に触れられる日帰りツアーをつくり、販売している。下部温泉の他の旅館の宿泊客にも利用してもらい、地域全体の活性化につなげたい」
――「体験×温泉旅館」をテーマにMAGMA社と業務提携したが、提携の背景は。
「山梨中央銀行にご紹介いただいたことと、以前にMAGMA社の関係者が当館に宿泊した際の印象が良かったことがきっかけになった。当館としても、宴会場などの遊休スペースを抱えていたため、その活用を模索していたところだった」
下部ホテルで開かれたオープニングセレモニー
――別の企業が手掛ける宿泊ブランドが館内で展開されるという形態は温泉旅館では異例だ。
「お客さまを楽しませたいという思いは同じだ。コンセプトに共感する部分があった。MAGMA社のサービスは、チェックインから夜間、早朝、翌日のチェックアウトまで、さまざまなアクティビティを提供するが、子どもたちを夢中にさせる工夫は圧巻。われわれもファミリーの宿泊客を想定した体験の提供に力を入れてきたが、規模や専門性が違う。MAGMA社との業務提携を通じ、旅館の可能性を広げたいと考えている」
子供たちに提供するアクティビティのイメージ
――業務提携による下部ホテルの利点、期待される相乗効果は。
「MAGMA RESORTと競合するということはなく、下部ホテル、下部温泉を訪れる新たなきっかけになり、当地を好きになってもらえればいい。ファン、リピーターを増やすことが、下部ホテルへの宿泊にもつながる。子どもたちが大人になった際に、再び当館をご利用いただければ」
「宿泊スペースとして貸し出す別館裕林亭は、当館に長期滞在した昭和の大スター、石原裕次郎氏が名付けた歴史ある場所で、純和風の趣のある造りの客室だ。ファミリー層に、日本旅館の良さを体験してもらう機会にもなるのではないか」
下部ホテルがMAGMA社に貸し出した客室の一つ、別館客室「裕林亭」の「裕林の間」
――業務提携の目的には、地域振興への貢献も掲げられている。
「MAGMA社には、提供する体験アクティビティの中に、地域ならではのものを取り入れたいという思いがある。当館と以前からお付き合いがある地場産業の花火メーカーを紹介したところ、独自のノウハウで花火づくり体験のアクティビティを開発した。地元の企業や団体と連携することで、地域の文化や産業の発展にも貢献したい。また、業務提携に伴い、MAGMA社のスタッフが身延町に移住してきた。交流人口や関係人口を増やし、定住にも結び付けることで、地域の活性化に貢献できる」
下部ホテルの矢崎道紀社長
【聞き手・向野悟】