
昨年9月に書き下ろしエッセイ『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)を出版すると、読者から「山崎さんの旅をそのまましてみたい」といった声を多数いただきました。著者冥利(みょうり)に尽きるお言葉です。
実際にご紹介した宿の女将からも「まゆみさんの本を持ってお泊まりいただくお客さんがいます。中には、ダイニングにまゆみさんの本を持ってこられ、出てくるうちのお料理をお召し上がりになりながら、まゆみさんの本を広げるお客さんもいるんですよ」と、笑顔で話してもらったことがあります。感謝の限りです。
おかげさまで『ひとり温泉 おいしいごはん』はコンスタントに重版が続き、現在4刷。
版元から「この勢いに乗り、早いタイミングで続刊を出したい」と打診がありまして、急ぎ執筆し、今月『おいしいひとり温泉はやめられない』(河出文庫)の出版に至りました。
前作同様に、宿での過ごし方や具体的な宿選び、私のおすすめの宿などを「名湯」と「おいしい」をテーマにした体験エッセイ集です。あえて素泊まりにして、土地のおいしいものをいただくといった旅の提案もしています。
河出文庫では2023年4月に出した『温泉ごはん 旅はおいしい!』に続くシリーズ3冊目。読者の皆さんの宿や地域の食の魅力をつづらせていただいています。
さて、最近の出版事情を申し上げますと、雑誌の「ひとり旅」特集は完売に近いと聞きますし、「ひとり旅」をテーマにした書籍も多数出ていて、売り上げ好調のようです。
10年ほど前でしょうか、「おひとりさま」という言葉がはやり始めたころはシングルを指しましたが、昨今のひとり旅ブームは、シングルの方に加え、家族がいてもひとりになる時間を欲している方々がターゲットです。
事実、『ひとり温泉 おいしいごはん』の読者さんのSNS投稿では「子育てが落ち着いたら、ひとり温泉をするために、今は読んで楽しんでいる」といった声も見かけました。
私自身も、拙著のターゲットはストレスフルで忙しい日々を送る全ての方を想定し、版元は「読めば明日、旅に出たくなる」とうたっています。
そうした「ひとり旅」ブームは不安定な社会情勢も影響してのことかと推察します。ニュースを見れば、政治不信や物価高、米不足に相互関税など、さまざまな不安要素が多いこと…。
加えてSNSで人とつながることは有意義で楽しいけれど、半面、そのせいで疲れているのではないか。どこか、人から離れたいという心境に至っているのではないか、と想像しています。
そんな人はひとりでぼんやりできる「ひとり温泉」でのリセットが必要なのでしょう。
さて、ここからは読者の皆さんにご提案です。
私はひとりで旅に出ることばかりです。その場合、広い部屋をひとりで占拠するのは心苦しく、小さい部屋の方が気兼ねなく過ごせます。
とはいえ、わざわざ従来の客室をシングルルームに改修するのではなく、かつて団体ツアーの添乗員や運転手さんが休んだ部屋があれば、そうした部屋に手を入れて、シングルルームとして売り出すことをご検討ください。きっと人気の部屋になるはずです。
またシングルルーム利用で連泊しやすいプランもあるといいですね。ひとり旅は食に重きを置く傾向ですので、連泊では夕食や朝食の変化、量の気配りが重要になります。
ひとり旅の場合、居心地が良いと感じると定宿にする方が多いので、リピーター率が高いのも特徴です。
今までは「もうからない」と思われがちだったひとり客ですが、時代の波に乗ったビジネスチャンスが広がってきています。
(温泉エッセイスト)
(観光経済新聞2025年4月28日号掲載コラム)