【私の視点 観光羅針盤 472】Gゼロの世界と国際観光 石森秀三


 トランプ大統領は今年1月20日の就任式で「米国の黄金時代がいま始まる」と宣言し、次々に大統領令を発して全世界を大混乱させている。トランプ政権は米国の貿易赤字を前提にして数多くの国々に高関税を宣告し、世界貿易機関(WTO)を中心とする貿易秩序が根本から揺らいでいる。また「地球温暖化はデマに過ぎない」として温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱を決めるとともに、世界保健機関(WHO)からの脱退も表明している。パンデミック(感染症の世界的流行)の襲来は不可避であり、国際協調は不可欠であるが、トランプ政権は国際協調を税金の無駄遣いとみなしている。

 米国コンサルティング会社「ユーラシアグループ」代表で国際政治学者のイアン・ブレマー氏は「Gゼロの世界(国際秩序を維持する意志・能力を持つ国家が不在の世界)」の到来を15年前から予見し警鐘を鳴らしてきた。トランプ政権の誕生によって戦後80年続いた「米国の世紀」が終幕し、まさに「Gゼロの世界」が現実化している。

 これまで世界は米国と中国のにらみ合いの中で、欧州、ロシア、インド、日本、国連などが互いにけん制し合いながら、バランスを保ってきた。しかし米国が「世界の警察官」としての役割を放棄したために一挙に秩序が不安定になり、「弱肉強食の掟(おきて)」が支配する世界が顕著に現出している。現在ウクライナ戦争の停戦協議が行われているが、ウクライナがいくつかの領土を放棄せざるを得なくなると、この80年間のうちに米国が築いてきた「武力による領土拡大を禁じた国際ルール」が消滅し、弱肉強食の世界が不可避になる。

 今後の日本は傍若無人な米国の意向を気にしながら、中国の揺さぶりと脅威に対抗していく必要がある。その上に韓国は尹錫悦大統領の罷免に伴う次期大統領選挙で、革新系野党「共に民主党」の李在明候補者が当選すると一挙に反日の動きが高まるとともに、中国や北朝鮮との緊密な連携推進が予想されている。ロシアもまた中国や北朝鮮と連携を図りながら日本に軍事的圧力をかけている。

 一方、台湾の頼清徳総統は今年3月の記者会見でトランプ政権の対中強行政策と歩調を合わせ、中国を仮想敵と位置付けて波紋を広げ、台湾海峡の軍事的緊張を一挙に高めている。「Gゼロの世界」において、日本は米国に全面的に依存できないために、独自の軍事力増強(核装備を含め)に踏み込まざるを得なくなる。

 24年の訪日外国人客数のベスト5は、韓国881万人、中国698万、台湾604万、米国272万、香港268万。日本のインバウンドは東アジア諸国・地域が全体の約66%を占めており、極めていびつな構造だ。

 Gゼロの世界において東アジアの中国、韓国、台湾などで政治的・経済的大変動が生じるならば、日本の国際観光は甚大な影響を受けることが必至だ。観光以前に日本は国家運営の数多くの課題(核装備を含めた軍事力増強、米中の狭間での賢い外交力、独自の着実な経済運営、少子高齢化対策、地方創生など)を抱えており、弱肉強食の「Gゼロの世界」を確実に生き抜いていける英知とパワーが必要不可欠になっている。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)


(観光経済新聞2025年4月28日号掲載コラム)

 
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