
「♫夏も近づく八十八夜…」と歌われる5月1日が過ぎて、今は一番茶、二番茶の茶摘みの季節。このお茶との相性がよい食べ物に和菓子がある。
千年の古都・京都や百万石の城下町・金沢、茶人大名・不昧(ふまい)公の松江など茶の湯が盛んな町は銘菓の町でも知られている。
その一つである松江は、島根県東部、宍道(しんじ)湖の畔にひらけた松平氏18万6千石の城下町。7代藩主・治郷(はるさと)は藩政改革など果たした名君だが、形式ばらない茶道「不昧流」を興した茶人。城下に茶の湯を広めた。
今でも松江はお茶の購入額は全国平均の約1・5倍。年配の家に伺うとよく抹茶でもてなされる。市民は「お茶の時間」や「お三時」を大切にする。
不昧公の時代、数多くあった茶菓も時代につれて姿を消した。それを惜しんで明治後期、文献や口伝をもとに老舗の彩雲堂が復活したのが「若草」、風流堂が復元したのが「山川」である。この二つは菓名や製法を共有して市内の数軒の菓子店が製造販売している。
「若草」は奥出雲産の良質な糯米(もちごめ)に砂糖を加えて練り上げた求肥にもえぎ色の寒梅粉をまぶしてある。シャリっともちっの食感と甘さに舌が和む。「曇るぞよ雨降らぬうちに摘みてこむ栂尾(とがのお)山の春の若草」の不昧公の歌からの菓名である。
「山川」はふわっと軟らかく、ほのかに塩味秘めた上品な甘さのしっとりした紅白の落雁(らくがん)。菓名は不昧公の「散るは浮き散らぬは沈むもみじ葉のかげは高雄の山川の水」の和歌による。包丁でなく手で割って小山に盛り合わせる。赤は紅葉の山、白は清い川を表す。
松江の菓子店は大橋川にかかる松江大橋の南と北のたもとに多い。橋南地区の寺町には風流堂や「菜種の里」の三英堂、天神町には彩雲堂や「薄小倉」の桂月堂があり、橋北の末次本町には「姫小袖」の一力堂や「八雲小倉」の風月堂がある。歩いて10分内の距離だから食べ比べも楽しめる。
市内には不昧公が好んだ茶室の明々庵や菅田(かんでん)庵、藩主松平家の菩提寺・月照寺、松江歴史館など茶菓や抹茶を賞味できる場所がそこここにある。まさしく茶の湯と銘菓の町である。
(紀行作家)
【メモ】「若草」=彩雲堂(0852・21・2727)。6個入り1箱税込み1361円/「山川」=風流堂(0852・21・3241)。紅白1枚税込み1058円(取り寄せ可)
心浮き立つ緑色の「若草」
日本三大銘菓の「山川」
(観光経済新聞25年5月19日号掲載コラム)