事業承継は、どの業界においても経営者が直面する最も重要な課題の一つです。特にお宿のような伝統的なサービス業では、長年培われた「おもてなしの心」や地域との絆を継承しながら、時代の変化に対応していく必要があります。今回は実際に事業承継を進めていく上で、スムーズな承継を実現するための具体的な事例についてご紹介します。
あるお宿では経営者である父が、後継者である息子に経営を移譲する過程において、現場でちょっとした混乱が起きています。
それは経営者がスタッフに対して「息子に全権移譲する」と宣言したにも関わらず、業界経験の不安からか、父が独断で判断をする場面が起きていたのです。スタッフは「結局、どちらの指示に従えばよいのか」という迷いを抱え、戸惑っていました。これは一概に父が原因というだけでなく、息子の冷静で論理的なアプローチが、感情や経験を重視する旅館業界の文化と摩擦を生んでいる可能性もあります。
この場合、まず必要なのは、父と息子の役割を明確に定義し、組織全体に周知することです。「経営方針の策定=息子」「実務運営の最終責任=父」という暫定的な分担を設け、段階的に息子の権限を拡大していく方針を打ち出しましょう。
この際、スタッフには「過渡期における共同体制」であることを正直に説明することが重要です。曖昧な状況を隠そうとするよりも、透明性を保った方が組織の信頼を維持できます。
また親子間の意見相違を表に出さないため、週1回程度2人だけでの「親子経営会議」を制度化します。この会議では、息子が下した判断に対する父の意見や補足を整理し、次週の方針を調整します。重要なのは、この議論をスタッフの前で行わないことです。
また、息子には旅館業界特有の慣習や暗黙知を体系的に伝える必要があります。「なぜこの判断をするのか」という経験則を、息子の論理的思考に合わせてデータ化・文書化することで、理解を深めることができます。
スタッフとの関係においては、息子を「見習い」ではなく「次期経営者」として明確に位置づけることが必要です。ただし、いきなり全ての権限を移すのではなく、部門別、課題別に段階的に責任範囲を拡大していく方法が効果的です。
また、息子の決定に対して先代が後から変更を加えることは、息子の権威を損なう危険な行為です。どうしても修正が必要な場合は、事前の親子経営会議で調整し、組織に対しては一貫したメッセージを発信することが重要です。
さらに金融機関が求める経営改善計画の策定を息子主導で行うことで、実践的な経営スキルを身につけながら、外部からの信頼も獲得できます。
重要なのは、承継を「世代交代」ではなく「組織の進化」として捉えることです。父の経験を否定するのではなく、それを土台として新しい時代に対応した経営スタイルを構築していく姿勢が求められます。
いかがでしょう。「親子経営会議なんてとてもじゃないけれどできない」と言っている場合ではありません。そのコミュニケーション不足が及ぼす悪影響は、これからのあなた方のお宿を左右することになります。親と子の関係ではなく、経営者が後継者に経営を引き継ぐための、極めて重要な会議だという認識を持ってみてはいかがでしょう。
失敗の法則その62
事業承継において権限移譲を宣言したにもかかわらず、指示系統が二つ存在する。
その結果、現場はどちらの指示を聞いて動けば分からず混乱してしまう。
そこで、経営者と後継者のスムーズなソフトランディングへ向けての親子経営会議を丁寧に実施しよう。
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