
日本のユニバーサルツーリズムを切り開いてきた「あ・える倶楽部」代表取締役の篠塚恭一さんが、令和7年2月18日にご病気のため永眠されました。享年68歳。本連載の読者でご存じの方も多いのではないでしょうか。
篠塚さんは大手旅行会社を経て、高齢者や身体の不自由な人のちょっとしたお出かけから、国内外の旅行まで、幅広くサポートする外出支援専門員「トラベルヘルパー」制度を作りました。篠塚さんの下で多くのトラベルヘルパーが育ちました。
「足腰が動かなくなっても、余命宣告されても、旅をすれば息を吹き返す。旅をすればするほど、回復していく」とは、ご自身もトラベルヘルパーとしてお客さんと共に世界各地を旅されたゆえの信念です。
「旅はリハビリ」と、篠塚さんがよくおっしゃっていたのを思い出します。
奥さまの篠塚千弘さんから「思いつくままに書き留められたメモが見つかりました」と伺いました。
観光業や宿泊業の皆さんにもヒントになるでしょうから、奥さまの許可を得て、篠塚さんが残された言葉の数々を共有させていただきます。
「『温泉』や『旅』は単なるレクリエーションではない、それぞれの立場(トラベルヘルパーにとっても)に深い意味と効能をもたらす。価値ある体験になる」
「『誰かと一緒にどこかへ行く』、その一歩が、人生を大きく変えるきっかけになる」と、旅そのものが有する「力」を的確に表現し、具体的には、「高齢者にとっての旅の効能は温泉に浸かると血行が良くなり、関節の痛みが和らぐ。身体的なリラクゼーション。自然の景色や非日常の体験で心の活力につながる」
「『自分も旅ができた!』という体験が自信や意欲につながる。自信の回復と社会参加」と記していました。
旅がもたらす効用については、「かつて行った場所や思い出の地を訪れると、会話や表情が豊かになる。認知症ケアとしても効果がある」と、生活の質の向上を訴えながら、旅を共にする家族への効果にも言及しています。
「いつも介護を担っている家族が一息つくことができる精神的・肉体的なリフレッシュ。家族として『介護』ではなく『旅行』という共通体験を持てる。一緒の思い出づくりをすることで、関係性が改善することもある」。こうして家族も心置きなく楽しむためにも、「信頼できる第三者(トラベルヘルパー)に頼ることで、家族だけで抱え込まなくてもいいという安心感が生まれる」と指摘しています。
遺されたメモは直筆だったそうです。肉筆だからこそ、その言葉が立ち上がってきますし、親しくさせていただいていた私は、篠塚さんのあのよく響く低音ボイスが聞こえてくるようです。
誰よりも旅の力を信じていた方でした。
ユニバーサルツーリズムについては、本連載で触れてきましたが、ただの旅ではありません。旅する人にとって、人生を変えてしまうほどの出来事になる可能性を秘めています。
受け入れにはハードの改修以上に、ソフトの整備が大切です。観光庁の「心のバリアフリー認定制度」を取得する際に受けるセミナーなどでポイントを学ぶことができます。
もし、お客さまがお困りの様子を見かけたら、「あ・える倶楽部」をご紹介ください。4月1日付で篠塚恭一さんのご子息の篠塚登紀雄さんが代表取締役に就かれ、奥さまの千弘さんが支えておられます。
あまりの突然の訃報で、私はまだ受け止め切れないままですが、篠塚さんの理念は受け継いでいきましょう。
(温泉エッセイスト)
(観光経済新聞25年4月21日号掲載コラム)