高齢化が急速に進む現代社会で、高齢者や障害者が安心して旅行を楽しむことができる「バリアフリー旅行」のマーケット拡大に期待が高まっている。旅行会社や宿泊施設、行政がハード面、ソフト面での対応を進め、体が不自由でも各地へ旅行に行くことができるようになってきた。一方で課題も残る。これまでの経緯と旅行会社の現状の取り組みを紹介し、今後の方向性を探る。
各地の地場旅行会社9社で2004年に発足した「バリアフリー旅行ネットワーク」(東京都渋谷区、平森良典代表理事)。現在は旅行会社や介護タクシーなど運輸関係、ヘルパーや看護師、生活衛生関連団体など約100社・団体で組織する。
佐藤貴則専務理事兼事務局長は「この10年で事業環境は『劇的に』変わった」と話す。
設立当初は、宿泊施設から障害者団体の受け入れを断られるケースは珍しくなかった。その中には、ハード面の取り組みをPRしていたところもあったが、それはイメージ向上策の一環だったらしい。旅行会社間の「丸投げ」もあったという。
2006年のバリアフリー新法施行で、これらのようなことはなくなってきた。逆に施設側が旅行会社に宿泊客の介護度を尋ねるなど、積極的な姿勢に転じた。
旅行会社の体制も充実した。社員が介護の各種資格を取得し、要介護5の人でも受け入れることができるようになった。
同ネットは今年の一般社団法人化を機に、インバウンドの要素を盛り込み、外国人の障害者も受け入れることができる体制作りを進める予定。
大手もさまざまな取り組みを行っている。
かつてバリアフリー旅行を推進してきたJTBは、高齢者、障害者に限らないユニバーサルツーリズムにシフトした。
専門窓口は設けずに通常店舗で対応。「全社で取り組む姿勢」(全社ユニバーサルツーリズム担当、関裕之氏)を取る。さらに大手で初めて、「トラベルヘルパー」制度を持つSPI「あ・える倶楽部」(東京都渋谷区)と提携。「1人で旅行できない多くの方の問い合わせを受けている」(関氏)という。
エイチ・アイ・エス(HIS)は、新宿に専門カウンターを設置。介護に関する資格を持つ社員が常駐している。一般市民による「旅行介助ボランティア」も組織する。
また、2年前にツイッターによる「旅の実況中継」サービスを開始。「家族との思い出の共有」「旅行に行くきっかけづくり」など、旅行を楽しむ仕掛けを充実させている。
クラブツーリズムは、専門商品の販売を開始して15年以上という老舗だ。今年度は約130商品をそろえている。
ホームヘルパー2級の資格を持つ350人の「トラベルサポーター」を登録。サポーターは「旅の仲間」という位置付けで一部旅行代金を負担し、参加者と「一緒に旅行を楽しむ」サービスを提供している。
ANAセールスも、この分野に力を入れている旅行会社として知られる。
利用者側の立場でバリアフリー旅行に取り組むNPO法人「高齢者・障がい者の旅をサポートする会」(東京都目黒区)の久保田牧子理事長は「実は旅行会社の体制は縮小しているのではないか」と危惧する。
バリアフリー旅行商品は、一般商品に比べて収益が上げにくく、数もこなせない。高齢者は「健常者」と「要介護者」に分かれ、要介護者も程度は異なる。一律の商品は造れず代金は高額になりがち—といったことが背景にある。この結果「『行きたいところに行く』ではなく『行かせられるところに行かせる』」という傾向につながってしまうと指摘している。
「旅行に連れて行ってもらっている」という意識が強い利用者の声は小さくなりがち。久保田氏は、この「小さな声」を拾ってソフト面の充実を図ることを重視すべきと強調。さらに、全国の旅行会社店舗にバリアフリー旅行に精通する社員を1人でも配置することで、顧客は大都市の比較的規模が大きな店舗に出向くことなく、気軽に近所の店舗を利用できるようになるとみている。
一方で、各社の努力は続いており、「東京五輪・パラリンピック開催の2020年には、さらに対応は進化していると思う」と期待を示している。
おかげ横丁(三重県伊勢市)を散策するバリアフリー旅行の参加者ら(高齢者・障がい者の旅をサポートする会提供)