自粛期間を経てホテルや旅館にようやく戻り始めた宿泊客。しかし、その宿泊客の志向は明らかにコロナ禍前とは異なる。イベントや演出、過度なサービスを避けるようになった代わりに、宿そのものの雰囲気を味わい、家族や気の置けない友人との時間を楽しむスタイルの宿泊者が増えているように感じる。
近年、パッケージ旅行から自由な個人旅行が主流となったにもかかわらず、その旅の中身は「表面的な体験や、景観や食事の写真をインスタグラムに投稿すること」に矮小化しつつあった。
「人に自慢したい、人に見せたい」ための旅行。そんな空気感の中で発生したコロナ禍で人に自慢する必要がなくなったことから、旅の目的は「人に見せるため」のものから「自分たちの満足」に原点回帰しつつあるのかもしれない。宿泊事業者は過度に安全対策に目を奪われるのではなく、宿の心地良さを磨き、旅のお客さまを気持ち良く出迎えるという本質的な部分により力を入れるべきであろう。
私の経営する施設の一つでは新型コロナウイルス感染症に係る軽症者等の受け入れを表明した。近隣住民からの反発、施設やスタッフに対する風評などリスクはあったが、社会的な要請に応えることこそが地域に根差してきた宿泊施設の責務であり、矜持(きょうじ)であるとの思いが決断につながった。受け入れの前提として、スタッフの安全対策に完璧を期すことを条件にしたのはもちろん、受け入れ者の散策コース設定、受け入れ者と健常者を隔離した前提での防災訓練など、安全とホスピタリティの両立を図るべく県と連携して手探り状態でマニュアルを構築した。
これは今後のわれわれ自身と社会にとって大きな財産になると信じてのことだ。民間宿泊施設や地域組合が行政との間に自然災害の被災者を対象とした協定を締結しているケースは多いが、今後は伝染病も含めた包括的な協定と綿密な事前準備が必須となるだろう。今後も賛否は分かれるだろうが、安全とホスピタリティの提供もわれわれの本質であり、他の誰にも成し得ない社会貢献であることは忘れてはならない。
上記二つの話に共通するものとして「本質」という言葉を使った。マスコミをにぎわす識者諸氏が主張するように、新しい生活様式に対応してニーズを追いかけるのも一つの解法だろう。しかし、われわれの成すべきことはまだ見ぬ未来ではなく、これまで歩んできた道、足元にこそ答えがある気がしてならない。宿の「本質」を見据えつつ、自信を持ってお客さまを迎えてほしい。
永山氏