
「まさか」の事態は、誰にでも起こりうる。とくに、仕事で集中していると痛みや苦しさを忘れてしまうので、気がついた時には大事に至っていることがある。ネパールを訪ねた時には、街の探索に夢中になり、喘息持ちには厳禁なほこりにやられ、息ができなくなり危うく死にかけた。八ヶ岳の森では、ファッション撮影を終えた途端、両足に激痛が走り、見ればアブに刺されたのかすねとふくらはぎに50ほどの黒い針が残され、熱を持っていた。すぐに救急に駆け込んだが、完治までには数年を要するほどだった。
先日、久しぶりにこの「まさか」を体験した。朝はめていたリングが夜外れなくなったのだ。思えば、朝はめた時にいつもより少しきつかったように思う。しかし、その日は仕事で会うクライアントのブランドである、そのリングがどうしても必要だった。自宅に戻るまで、痛みもなければむくんでいることにも気が付かなかった。それなのに、知り得る限りの方法を試してもどうしても外れない。とうとう、第2関節まで移動できていたリングが付け根から動かなくなり、うっ血した指がだんだん紫色になり、不安が募ってきた。
朝4時半になり、ついに意を決し、悪化するばかりの指を抱えて、24時間対応してくれるとある消防署へ。幸い、消防署は徒歩10分ほどの場所にある。夜間窓口に行くと、ちょうど救急車の出動要請の対応に忙しそうで、心が痛んだが、事情を説明すると、とても親切に対応してくれた。
リングカッターと呼ばれる専用の器具をリングと指の間に入れ、小さなのこぎりのような歯を回転させながら切っていく。切断された感覚はなかったが、数分でカットは終了。実は、ここからが大変で、カットしたリングを左右からペンチで広げて指から外さなければならない。
「絶対に指を動かさないでください」と言われたが、この作業の最中に切断面で指を傷つけて出血することがよくあるそうなのだ。ゴールドの輪を広げるというのは、消防士という屈強な男性でも力がいるようで、立ち上がって、汗を流しながらの真剣勝負だった。それも、私のリングは3連だったので、3回繰り返さなければならなかった。さぞや大変だったことと頭が下がる。
最後に、リングカッター利用リストに署名をしたが、今年だけでも多くの人が訪れていることに驚いた。私の前の欄には、昭和12年の方の利用が記されていた。きっと、長らく愛用されていたと思われるリングをカットするのには相当の理由があったはずだ。
私のリングも、社会人になって初めて自分で購入した思い出深いもの。近々、修理をし、感謝を込めてこれからも愛用するつもりだ。