【道標 経営のヒント 331】物語を巡る空想の旅 宮坂 登


 ハードワークで悪化した体調が戻らないため、通院先のベッドで過ごす時間が長い。鬱々(うつうつ)していても仕方ないので、今、どのような旅をしてみたいのかを考え続けていた。

 思いついたのは、物語の舞台を訪ね歩くというものだ。机上の旅だが、体調が戻ったら無類の鉄道ファンで旅行プランづくりの達人である友人の力を借りて旅立とうとも思っている。

 旅のとっかかりは、箱根の「箱根本箱」という宿にしようと決めている。旅番組でその存在を知り調べてみたら、蔵書約1万2千冊。コンセプトが「本に囲まれて暮らすように滞在」。約4年前のオープン以来、なかなか予約が取れないという話だが、ぜひ旅のスタートにしたいと勝手に思っている。その部屋にだけ用意されている本があって、泊まった人だけの楽しみになっているという。各界の第一線で活躍している人の選書だと紹介されている。近年、そのようなコンセプチュアルな宿が誕生していることにも興味がある。

 行き先だが、例えば「源氏物語」の舞台とするなら京都。二条城の北西に平安京の大内裏がある。源氏物語の冒頭では、大内裏の中の内裏が舞台になっている。現在、その地には老舗の油専門店である山中油店さんがあって、ゲストハウスを経営しているという。ぜひ泊まってみたい。京都では六条院や嵯峨野、宇治、北山などへも。本と地図を交互に眺めているだけで幸せな時間があっという間に過ぎていく。

 例えば松本清張作の「ゼロの焦点」ならば、舞台は能登半島西側に断崖や奇岩が続く能登金剛。悲哀に満ちた物語だが、歌川広重の絵にも描かれた名勝地。ぜひ日本海へと連なる絶景を眺めてみたい。

 金沢から足を伸ばして山形へ。行ってみたいのは日本海に沈む夕日がとりわけ美しい由良海岸や湯野浜海岸。特に湯野浜といえば藤沢周平作の「蝉しぐれ」。架空の藩「海坂藩」を舞台とした作品群で知られているが、まだ全部は読破していないので、これから買い集めようとも思っている。

 山形で印象深いのが森敦の「月山」。芥川賞受賞作だが、その文面を歌詞に「千の風になって」の作者の新井満が「月山」という組曲を作曲している。「ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした」。歌詞も暗記している。自宅に戻り聴き返していた。

 旅を空想しているうちに、彼の地への渇望が芽生えていることに気づいた。自分のための旅になることを強く願いながら。

 
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