【道標 経営のヒント 326】対岸の傷跡 小倉理加

  • 2022年4月21日

 15年ほど前、一生の間にやってみたいことリストの筆頭が「死海に浮かんでみる」というものだった。募る思いを抑えきれずに周囲の反対を押し切ってヨルダン行きを決行。到着するやいなや、真っ先に水着に着替え、死海のほとりへと向かった。塩分を多く含む死海ではバランスをとるのが難しい。そのため、自分では止まっているつもりでも、徐々に沿岸から離れてしまう。

 そうすると、どこからともなく銃を持った警備隊が現れ、注意を受けた。死海は決して渡ってはならぬ海なのだ。対岸は楽しそうな音楽も聞こえるほど近い。それでも、地元の人にそこがどんな場所なのかと尋ねると「パレスチナについては口にできない」と逃げられた。

 同じ頃、クロアチアをドブロブニクから北まで車で旅をした。自然も多く、非常にのどかな雰囲気の国だったが、スプリットという街に、大小の穴が空いている建物がいくつもあることに気がついた。ホテルの主人に聞くと「銃弾の後ですよ。今でも、私たちは忘れない」と返ってきた。

 10年前には、ドレスデンで軽い衝撃を受けた。今は、奇麗に修復がすんでいると聞いているが、第2次世界大戦で爆撃された跡がまだ街中に残っていたのだ。戦中、無防備地帯となっていたドレスデンは、85%が灰じんとなったそうだ。「郊外へ、がれきを運んでも運んでもなくならなかった」と語る住民の姿が思い出される。

 4年ほど前には、かねてから憧れていたバルト3国を回ることを急に思い立ち、2週間の休みをとって旅立った。印象的だったのは、どの街にもあるロシア正教会の美しさ。タクシーに乗ったとき、地元の人にそのことを誉めたところ、「あれは、昔ロシアに侵略されていた時代の名残。自分たちは、もっと素朴な教会の方が素晴らしいと思う」と言われて、返す言葉がなかった。

 今、ロシアによるウクライナ侵攻が長引く中で、この四つの旅が日々思い出される。日本は唯一、原爆被害にあった国ではあるが、近年はひめゆりの塔で戦争体験を語る語り部に、「誰も聞いてないんだからもう黙って」という学生がいると聞く。それだけ、平和に慣れ、テレビで戦場が放送されても対岸の火事で済ませている人が多いように思う。しかし、決して忘れてはいけない痛ましい記憶は、案外身の回りにも残されていることを胸に刻んでおきたい。

 そして、戦禍によって、優れた文化が否定されていくことが残念でならない。ロシア製品39品目が輸入禁止となったというニュースを目にしたばかりだが、大好きなロシアのグルメや工芸が普通に楽しめる日々が戻ることを願っている。

 
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