【道標 経営のヒント 307】銀座の水に洗われる 宮坂 登

  • 2021年11月17日

 緊急事態宣言明けの夜。銀座並木通りを歩いていた。街は姿を変えているが、クラブのネオンが連なるビルも昔ながらのたたずまいをみせていた。学生の頃、アメリカ渡航の資金稼ぎのためにこの街の洋食屋でアルバイトをしていた。場所柄、客は銀座で商売を営む人やホステスさんたちが多かった。夕方5時に開店するとまず、水商売に慣れていないホステスさんたちで席が埋まる。7時を過ぎるとチイママたちの時間。店に出る衣装に着替えてやって来るから香水の香も漂い、店内が一転、華やかになる。8時を過ぎると着物姿の大ママたちがやって来る。

 こちらがバイト身分であっても、いつしか大ママたちとも会話ができるようになり、そのうちに「今夜は暇だから遊びにおいで」とお誘いを受けるようになった。ドギマギしながら行くと「カウンターの端の席ね。いつも良くしてくれるから好きなお酒を飲んで良いよ。お金もいらないから」と。何と、20歳の身空で銀座の一流クラブで飲むようになっていた。客は作家や俳優、歌手、大企業の重役と多士済々。座るとホステスさんたちにチップを配っている。あぁ、ここが天下の銀座なのだと思ったものだ。

 会話も耳に入ってくる。政治の話、世界経済や景気の話、株の話かと思えば、芝居や歌舞伎の話などどれも知識・教養を要するものばかりで、大ママやチイママも対等に会話している。ある大作家が手紙の書き方について講釈している場面にも出くわしたことがある。信じられないような空間がそこにあった。

 ある大ママが夜の銀座の奥深さを話してくれた。「銀座には銀座だけの言葉があるの。それはね『銀座の水に洗われる』っていう言葉。地方から出てきた子でも銀座で働いているうちに人間が磨かれ、知性が磨かれていくものなの」と。「君も自分を磨いてね」と。

 後年、夕暮れの銀座を歩いていたとき、和装の女性から声を掛けられたことがある。「ねぇねぇ、私のこと覚えている?」と。振り返ってみたら見覚えのあるホステスさん。見違えるほど素敵なママさんになっていた。銀座という空間が人を変えていた。並木通りの夜にたたずみながらふと、そのときのことを思い出していた。

 場所は異なるが、旅館・ホテルでも、次第にたくましくなっていく若者を見かけることがある。そこに流れる水に洗われたのだろう。一方でコロナ禍で夢を諦めざるを得なかった若者たちにも思いが及ぶ。

 ちなみに働いていた洋食屋は、ソ連のスパイ、ゾルゲの密談の場になった店でもある。今はもうない。鼻の奥がツンとする。

 
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