【道標 経営のヒント 277】マルチタスク化の次の課題はデジタルトランスフォーメーション 九州国際大学教授 福島規子


 旅館業界では労働生産性の向上を目的とした従業員のマルチタスク化が推進されている。

 いままでも客室係によるチェックイン業務の補佐あるいはフロント係の宴会ヘルプといった部署を越えた応援業務はあったが、最近では、これらの業務を「応援」ではなく「通常業務」として、はなからルーティンワークに組み込むようになってきた。その背景には旅館特有のオペレーション上に発生する「待機」という空白の労働時間問題がある。接客の内容やタイミングは顧客の動きや都合によって決まるため、顧客と直接関わらない時間帯はほかの業務にあてられるというのが、そもそもの発想である。

 しかし、「フロント係はチェックアウト後に館内清掃にまわる」といった誰でもできる仕事はいずれ機械化され、情報技術の進化によって業務自体が変貌していくことは容易に想像できる。家庭にもロボット掃除機が浸透しつつある現在、商業施設の清掃業務に画期的な技術革新が起こっても何ら不思議はない。

 従業員の空き時間を活用しただけのマルチタスク化はやがて消滅する業務に、人間の労働力を暫定的に充当しているにすぎない。また、作業的業務が従業員のモチベーションを維持し、能力を向上させるとは思えない。

 そこで、提案である。従業員のマルチタスク化にかける時間や資金をデジタルトランスフォーメーション(DX)の概念を導入した新たなサービスオペレーションの再構築に費やしてはいかがだろう。ちなみに、デジタルトランスフォーメーションとはデータとデジタル技術を活用し、顧客ニーズを基にサービスを変革するとともに、業務そのものや企業文化を変革し競争上の優位性を確立することと、それによって企業が安定した収益を得られるような仕組みを作ることを指す。

 ところで、20年以上前に和倉温泉加賀屋の玄関口で「複数の4桁の数字を書き留めたメモ紙」を手に宿泊客の到着を待つ男性社員に、メモの意味を尋ねたことがあった。「宿泊するお客さまの車番ですよ。これがあればお客さまの名前を呼び掛けながらドアを開けて差し上げられますから」と一言。さすが加賀屋と敬服したことは今でも忘れられない。

 翻って2021年。神奈川県の某旅館では駐車場に車番を読み取るセンサーを設置し、宿泊客の車が通過すると即座に顧客情報が館内の従業員に送信されるシステムを導入した。これにより従業員の「待機」という空白の労働時間は消滅し、加賀屋レベルの出迎えサービスが可能になった。さらに、同館では大浴場に人感センサーを設置し、入浴者数が一定数に達すると担当係にメンテナンスの通知が送信される。

 このようなDXの導入は業務の効率化だけではなくサービスレベルの向上をも期待させる。マルチタスク化の次は旅館のDX。業界として取り組むべき課題といえよう。

 
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