某中小企業の女性社長がぼやく。先日、営業所回りをしていたときのこと。カウンターに座る女子社員が、漆黒のマスクを着用して接客に当たっていたらしい。「店のドアが開いて最初に出会う相手が黒マスクだなんて信じられない」と憤慨する。顔の半分以上を黒く覆ってしまっては相手に威圧感を与えるばかりではなく、恐怖心を覚えるお客さまもいるかもしれない。
本人に黒いマスクを着用する理由を問いただしたところ、女子社員いわく「今日の服に合わせただけですけど」と、悪びれたふうもない。彼女に言わせれば黒マスクはもはやファッションの一部であり、服装とトータルコーディネートすることが、なぜ、問題視されるのかが分からない。むしろ、鬼滅の刃のような格子柄のマスクや大きな花柄のマスクを着けているほうが服装とチグハグで、相手に気を使っていないように見えると指摘する。
新しい日常ではもはや必需品となったマスク。サービス提供者といえどもマスク着用は必須である。女子社員が指摘するようにマスクも装いの一部として捉えるならば、服装規定としてマスクの色柄を指定する企業も出てくるだろう。「マスクは無地で接客業としてふさわしい色のものを着用すること。派手な色柄や黒色は禁止」といったところだろうか。ただし、ルール化するのであれば老若男女、全社員が納得の上、順守できるように規定することが重要だ。
1年ほど前に、女性にだけパンプスを履くことを強要する服飾規定、企業のあり方に声を上げた「#KuToo」という社会運動があった。男性にはない服装規定を女性だけに課すことを問題視したもので「KuToo」とは「靴」と「苦痛」を掛け合わせた造語だった。この運動により全日空は、女性の客室乗務員と地上職員のヒールの高さを「3~5センチ程度」から「5センチ程度以下」と下限をなくし、日本航空はヒールの高さを「3~4センチ」から「0~4センチ」としローファーを認め、パンプス指定を撤廃した。
この運動の根幹には、「女性だからパンプスを履かなくてはいけない」という見えない圧力に対する反発、ジェンダー平等への強い意志が感じられるが、「接客業なんだから」の一言にも同様の見えない圧力が感じられる。接客業なんだから金髪はダメ、接客業なんだからカラコンはダメ、接客業なんだからネイルはダメ。なぜ、接客業だとダメなのか。それは、会社がダメと言っているのではなく、顧客が不快に感じるからダメなのであり、会社は顧客のダメを代弁しているに過ぎないのだ。つまり、そこには顧客からの見えない圧力があるといえよう。
社会が変われば顧客の許容範囲も変わる。ロボットが接客の中心になる頃には、金髪もカラコンもネイルも気にしない、人間であればそれだけでありがたいという時代が来るに違いない。たぶん。