
新型コロナ感染の影響は旅館業界にも大きな打撃を与えている。福島の某旅館経営者は、東日本大震災のときは宿泊客も皆無だったが、その分、被災者や除染作業員を受け入れていたため「館内は人であふれていた」という。しかし、今回は違う。静まり返った館内と寒々とした光景を見ると心が折れそうになると心情を吐露する。
心情を察するに余りあるが、回復フェーズは必ずやって来る。世界中の人々が一気に街にあふれ海へ山へと動きだす。温泉旅館にも、自粛疲れのお客さまが押し寄せてくることは間違いない。
いまは、その時のために力を蓄えるとき。普段の作業に少し手間を加えて、丁寧に仕事をしてみよう。
例えば、館内清掃。
以前、海外の高級ホテルチェーンが日本に進出したとき、そのホテルの支配人に開業秘話を聞く機会があった。同ホテルチェーンでは、開業後に本部の調査員が名前を伏せて宿泊し、ホテルのクレンリネスやサービスの抜き打ちチェックを行うという。
当該ホテルでは館内をピカピカに磨き上げるとともに、それらしきお客さまに積極的に声掛けをしていたところ、優に190センチを超えるアメリカ国籍の男性客が調査員であることが判明した。
支配人が出迎え、長身の調査員と一緒に客室を回ることになったのだが、調査員は客室に入るや否や、すっと腕を上げて、そのままゆっくりとドアの上辺を手のひらでなでたという。支配人は「あっ、ほこりが…」とヒヤリとしたそうだが、意外にも調査員が差し出した手のひらにはほこり一つ付いていなかったらしい。
支配人いわく、「ほこりがなかったのは、稼働している客室だったからでしょう。ドアも頻繁に開閉されていたので、ほこりもたまらなかったのだと思います」。ただ、使っていない客室だったらと想像すると、背筋が凍ると言葉をつなぐ。
調査員のドアチェックは、お客さまの目が届かないところでもきちんと掃除され、清潔かつ快適な状態が保たれていることの重要性を示すパフォーマンスだったのかもしれない。
この清潔で快適な状態が維持されていることを「クレンリネス」と言う。似た言葉に「クリンネス」があるが、クリンネスは掃いたり拭いたりといった奇麗にするための行為のことで、清潔かつ快適な状態を保つクレンリネスとは区別される。
稼働していない客室はこうしている間でも、じわりじわりとほこりがたまっている。1日1回は、化学繊維のハタキ「クイックルハンディ」を持って客室を回ろう。伸び縮みタイプを使えばドアのほこりも怖くない。クローゼットのハンガーを掛ける横棒の付け根や冷蔵庫の下など普段見落としがちなところは少なくない。
明けない夜はない。明日の夜明けを信じよう。