中規模温泉旅館に宿泊した。その旅館は大手資本が次々と買収を進める宿泊施設の一つで、館内には20周年記念キャンペーンのポスターが貼られ、ポスターの中では料理長がポーズをとってほほ笑んでいた。経営者が変わっても「変わらぬおもてなし」を提供し続けたいという思いが垣間見える。
しかし、変わらないサービスが必ずしも時代の流れや顧客ニーズに合っているとは限らない。良かれと思って続けていることでも、もはや行為そのものが価値を失っていることもある。
例えば、A3サイズにコピーされた「テレビ番組表」。客室の座卓に置いてあるアレだ。「テレビ番組表」を作成するには、まずは新聞のテレビ番組欄をA3サイズにおさまるよう縮小コピーし、印刷用の原本を作成する。旅館によってはテレビ番組欄の脇に「当館おすすめのお土産情報」などが記載されている場合もある。その後、当日宿泊予定表で配布する客室数を確認し枚数分のコピーをとる。コピー終了後は、フロアごとに配布枚数を書いた付箋を貼っておく。
テレビ番組表を準備するのは大概、ナイトフロントで、客室の座卓に1枚ずつセットしていくのはフロント係の仕事だ。
冒頭の旅館でも2泊目の早朝に、客室ドアの下からその日のテレビ番組表が差し込まれたことを考えると、恐らくコピーをしたのはナイトフロントだろう。
しかし、最近では旅館でこの手のテレビ番組表を見ることはほとんどない。なぜならば、客室のテレビをつければ簡単に番組表を見られるからである。テレビのアナログ放送が地上デジタル放送に変わったのは2011年7月24日、ちょうど8年前である。客室のテレビが薄型テレビに代わると同時に、客室からはテレビ番組表が消え、ナイトフロントやフロント係はテレビ番組表にまつわる一切の業務から解放されたのだった。
では、客室のテレビで番組表が見られるのに、なぜ、件の旅館ではテレビ番組表をコピーし続けているのか。無駄な業務を続けるには、何か理由があるのだろうか。
恐らく理由などない。
ただ、前からやっていることを変えるきっかけがなかったか、変える必要性に気付かなかっただけだろう。
旅館の現場には似たような事例が少なくない。
例えば、客室冷蔵庫の飲料補充や客室内の保温ポットの整備などもそうだ。いまやほとんどの旅館で冷蔵庫飲料は重い瓶ビールから軽くて廃棄処分が簡単な缶ビールに代わり、客室内の保温ポットも客自身が水を入れて湯をわかす電気ケトルに様変わりをしている。
昔からのやり方を変えるだけで、担当者の身体的負担はかなり軽減される。特に、高齢者の多いバックヤードの業務改善は必須だ。まずは、長く引き継がれている業務から見直してみよう。