平成も残り1年と4カ月。昭和の高度経済と平成のバブル景気を乗り越えて生き残ってきた旅館は、ついに「昭和」「平成」を経て新元号の時代に突入する。「明治、大正、昭和」の旅館と同じくらい、老舗感が漂ってくる。新しい元号を迎えるのが楽しみだ。
しかし一方で、旅館を取り巻く状況は一層の厳しさを増している。厚労省の宿泊施設数に関する統計によれば、平成17年度は8990軒だったホテル営業が平成28年度には1万101軒と増加しているのに対し、平成17年度に5万5567軒あった旅館営業が、平成28年度には3万9489軒と10年で1万5078軒も激減している。
ところが、旅館の減少が続く中、簡易宿所は平成17年度の2万2396軒から平成28年度には2万9559軒へと増加傾向にあり、旅館との差も9930軒と軒数としてはかなり迫ってきている。背景には古民家などをリノベーションした新しいタイプの宿泊形態やインバウンドの増加に伴う宿泊特化型施設の需要の高まりなどが考えられる。
今年6月15日には住宅宿泊事業法いわゆる民泊新法も施行され、民泊が合法的に認められることで、旅館はさらに厳しい競争にさらされることは明らかだ。
また、政府は旅館業法の一部改正を行い、ホテル営業と旅館営業に区別されている営業種別を「旅館・ホテル営業」へ一本化する方針を掲げている。改正法ではホテルと旅館の最低客室数がそれぞれ10室以上、5室以上と定められていた規制が撤廃されるほか、洋室には洋式の寝具(ベッド)、和室には和式の寝具(布団)といった縛りもなくなる。現実には、和室にベッドを置くスタイルはいまや珍しくなく、規制撤廃は妥当なところだろう。
しかし、和室を基本とした旅館は日本独自の宿泊形態であり、法律上は「旅館・ホテル業」と一括りになったとしても、西洋式のホテルとは文化的に異なり両者は決して同質のものではない。
たとえば、日本独自の伝統様式である雪見障子にしても、この障子を通して庭を眺めるためには畳に座らなければならない。畳のない家で暮らしている現代人や外国人にとっては、座るという行為自体が非日常的な文化体験になるのである。そして、この座るという行為を促すのが旅館にはあるが、ホテルにはない和室の「畳」なのである。
20年ほど前、某旅館経営者に「旅館とホテルの違いは、畳、浴衣、箸の文化にある」と教わったことがある。順番を変えれば衣、食、住。旅館には日本の文化や暮らしが凝縮されているというのだ。浴衣を着て、時間をかけて日本料理を食べる。まさに珠玉の日本文化体験と言えよう。そして、「旅館は日本文化の伝承者たれ」とご教授くださったのは、佐賀県嬉野温泉和多屋別荘の小原健史氏だった。
旅館にはホテルや民泊にはない日本の伝統文化が随所に埋め込まれている。「旅館文化」を守りぬくこと。それが旅館業界の使命だと肝に銘じ新しい1年も精進したい。