【観光立国・その夢と現実 38】日本の伝統文化を知ろう!(3) 小原健史


 このコラムは2回続けて私が学生時代に学んだ古典芸能の能楽をもとに、旅館のサービスにも関連の深い立ち居振る舞いや美意識やリズム感について述べた。

 同じ方向性ではあるもののさらに私的な話題で恐縮であるが、私が50年にわたり経営した温泉旅館、昭和50年に開業したタワー館は、日本の建築界を代表する黒川紀章先生の設計であった。当時、ホテルニューオータニ佐賀の不動産を保有する会社の役員に父・嘉登次が就任していたが、そのホテルの設計が黒川紀章先生であった。その頃私が父に強く希望した新館の建設に関して、その設計は、地元佐賀の設計事務所と打ち合わせを開始していたものの、最終的に父の鶴の一声で、黒川先生にお願いすることになった。

 新館建設は、その一切を27歳の私に任されたのだが、その第1弾が、黒川先生との面談である。その頃既に“世界の黒川紀章”といわれていた大先生との一対一の面談で緊張のためガチガチになった私に対し、先生の第一声は「あなたは、どのような旅館を造りたいのですか?」との質問が飛んできた。

 私から「わが社は和風旅館ですが、実は“和風”という言葉についていろいろ考えました。その本質は、第一に、自分が経験したことのない小説や映画で知る過去の時代的な意味。第二に、自分の体験の中にある幼い頃の思い出の昔の良さの意味。第三に、九州や嬉野温泉の地元に根差す郷土の民芸的なことの意味があると思いますがいかがでしょうか?」と愚問を発した。

 稚拙で青くさい私の質問に天下の黒川紀章は答えた。「小原さん、日本人が考えることやすることは全て和風です。いまはやりのサイケデリックな絵画や音楽もニッポン人がすることは全て和風といえます」。私「???」。

 先生「いいですか、建築の和風と洋風の例え話をします。洋風建築は、西部劇の騎兵隊のとりでに象徴されるように外敵のインディアンやコヨーテやガラガラ蛇から身を守るため、高い柵を巡らし、自然界と人間の居住空間を遮断して、はじめて安息感を得るもの。一方で、和風建築はまさにあなたが経営する温泉旅館のように、目の前に川があり庭があり、そして、客室には縁側があり、そこでお客さまは安息感を感じ満足される。この自然と融合する人の心は仏教に由来するものです。仏教の教えは“人間は自然から生まれ自然に帰る”という〔輪廻〕の思想が大きな柱です。旅館の客室の縁側はお客さまと自然の縁をとりもつのです」と断じられた。

 さらに、当時、黒川先生は福岡市の中心部の天神に福岡銀行本店の設計をされたが、真四角の建物をえぐり取るようにして巨大な空間を設計された。この空間について先生は〔福岡市民と福岡銀行の縁側だ!〕と説明されたのを聞いて、私は気が遠くなるような納得感を得た。

 読者の中の和風旅館の経営者の方々、日本人がやること成すことは全て和風であると!天下の黒川紀章先生は言った!のだから自信を持って経営に専念しよう。建設工事の期間中、数回にわたり黒川先生と会食をする機会に恵まれたが、先生は料理を召し上がりながら、お話しされるたびに丁寧に“箸置き”に箸を置かれる。その美しい仕草に、つい私が「先生、お話しされるたびに箸を箸置きに置かれますが、失礼ながら、それは癖ですか?」と度外れた失礼な質問をぶつける。先生は嫌な顔をみじんも見せずに「小原さん、この箸置きは箸を置くためにあなたの旅館が置いているのでしょう」と返ってきた。

 モノには(ヒトにも)それぞれ役目がある、それは大切にせねばならないという〔物事の基本〕に触れられたのだと感じるとともに内心(この人は建築家ではない哲学者だ!)と私は感じた。

(元全旅連会長)

 
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