
このコラムは前回、「公営宿泊施設への規制」について述べたが、では、なぜ「公営宿泊施設」がわれわれ旅館ホテル業界にとって規制し排除すべきなのかということを記載する。
言うまでもなくわが国は、自由で平等の民主主義の国家で、公平・公正な生活や活動、事業が憲法に保障されている。しかし、公営宿泊施設は、その施設に赤字が出た場合(いや、ほぼ全ての施設の経営は赤字であるが)どうなるのか? 一般の旅館ホテルの場合は、その赤字の補填(ほてん)は蓄積した資金や借入金で賄われるのだが、公営宿泊施設では、何と!各省庁の財源でそれが行われていることが最大の不公平で不公正なことで、その財源の元はわれわれ国民が納めた税金である。
分かりやすく言えば、東京オリンピックでも戦われた陸上100メートルをわれわれ民間の旅館ホテルは全力で100メートルを走るのだが、公営宿泊施設は、わずか50メートルか30メートルしか走ってないことと同じではないかという不公平さである。彼らの走らない部分の距離は、各官庁からの支出という形で不公平に後押ししてもらい、あたかも100メートルを走ったがごとく見せているのである。そのような不公平さもあるが、もともと官公庁が民間の商売を奪う形で旅館ホテルを営むことが許されるものではない道義的な違反行為でもある。
読者は、もうお気づきのことと思うが「特消税撤廃運動」も「公営宿泊施設への規制」も「風営法の適用除外」の運動についても、旅館業界の政治面の闘いは〔不平等や不公平〕とのバトルであると断言しても良いと私は思う。
たまたま「風営法」のことに触れたので、あえて記載するが…平成9年からの群馬県出身の桑原俊彦第5代全旅連会長の時代に「旅館業界への風営法の適用を除外していただきたい!」として、警察庁へ桑原会長と針谷了氏と私の3名で出向いた。警察庁は陳情・交渉の際は、出向く者の氏名や住所を事前に告知しなければならない。対応いただいたのはA課長とB課長補佐、C課長補佐の3名である。
まず、B課長補佐から「小原さんは、歓楽的な温泉地のご出身ですなあ!」ときた。私は昭和の時代に西日本一のピンク温泉地と言われた嬉野温泉の出身だから最初に一発かまされたわけだ。若い頃の私は〔瞬間湯沸かし器〕とやゆされていたので、一瞬で、沸騰したが、まずは我慢。針谷氏と私は「シティーホテルでは宴会の際のコンパニオンの利用に風営法は適用されないのになぜ、旅館の宴会場ではコンパニオンや芸奴の利用には適用されるのか? 同じ宴会行為であるのに不公平ではないか?」と詰め寄った。対応したA課長は「ホテルと旅館は違うでしょう!」と言う。われわれは「本質的に何ら違いはない!」との押し問答が続いた。
私が本音を聞きたいと言うと、B課長補佐が、いやいやながら驚くべきことを言った。「ホテルは立ったままのパーティーで“談笑して酌をしても”健全だが、旅館の宴会場は畳の上で“談笑して酌をする”ことは性行為に移りやすい」と!
私たち桑原会長、針谷氏、小原は烈火のごとく怒り、激しいやり取りになって、針ちゃんいわく「警察官もぎょうさん悪いことしよるやないか!」、私に至っては「ホテルの立食パーティー会場で立ったまま性行為ができるぞ、俺は!」と激白してしまった。円満家の桑原会長も激怒されたが発言内容はあえて触れない!
その後、警察庁のB課長補佐は何と「あんたたちは旅館は立派で高尚だと言うが、これを何と思うか!」と、用意していた分厚い書類をテーブルに叩きつけた。 間髪おかずもう1人のC課長補佐が叫んだ。「これは、全国の旅館で起きた暴力団の出所祝いや賭博、それに売春事件の記録だ!まだ文句を言うのか!」と。この事件簿には参った! 旅館業界の社会的地位の向上に燃えていた全旅連幹部のわれわれは怒りと失意の中で警察庁を後にした。
令和3年の今も風営法の旅館業への適用は続いている。
(今回のコラムの記載内容に一部不穏当で下品な表現の部分がありますが、交渉の臨場感の記録としてお許しをいただきたいとのお願いと詫びを申し上げます!)。
(佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター会長)