
NPO法人ハットウ・オンパク、一般社団法人ジャパン・オンパク代表理事 鶴田 浩一郎氏
“町づくり系”の人材発掘を
──「オンパク」の事業モデルが別府にとどまらず各地で展開されています。
「2001年に別府で始まったものが、現在までにおよそ50カ所と広がりをみせている。開催の手法をマニュアル化し、手掛ける地域が一気に増えた。01年は別府にとってエポックの年で、地域を代表する旅館の経営が変わるなど、時代背景が悪い時だった。その時、危機感を持っていた町の有志が集まって、これからの町づくりについていろいろと検討を重ねてきた」
「実は、1993年ごろから町づくりについて検討を進めていて、温泉と医療を組み合わせたプランや、温泉マニア向けのイベントなどを行ってきた。これらの小さな動きが徐々に盛り上がっていく中で、いつまでも小さいままでは外から注目されないのでは、と始めたのがオンパクだった」
──経済効果も相当あったと思います。
「どれだけの経済効果があったかは、はっきり言ってまだ分からない。年に2回、1カ月のイベントで、せいぜい3千人から4千人を集めるだけだから、年間250万人が宿泊する別府にとっては、大した数字ではないかもしれない。ただ、これだけ事業が長く続き、他の地域にも波及したというのは、地域のブランドが再構築されたという成果があったからだと思う。別府は長い間、団体享楽型の観光地で、バブル崩壊後はご多分に漏れずお客さまが激減した。そこから脱却しようと考えたのが、今ある地域資源の掘り起しだった。かつて振り向きもされなかった路地の魅力がオンパクで商品化されたことで少しずつ磨かれていった。そしてそこにコミットする人も増えていったというのがこれまでの経緯だ」
「町づくりに携わる人には、まず、自分の町を歩いてみてほしい。町の歴史に詳しい人と歩けばなおいい。自分の町を見直して、『あっ、そうなんだ』『こんなものがあったんだ』と思うところから始めればいい」
──地方で観光に力を入れる自治体が増えてきました。
「既存の組織が毎年同じような予算を使って、同じような事業をしている。そして成果が上がらない。既存の人たちが関わるから、新しいものが作れない。問題はそこだ。今、熱海の観光が復活しているが、理由は観光とは直接関係ない、町づくり系の人たちが活躍しているからだ。彼らが出てきたからこそ、地域資源の掘り起こしが行われ、新しいブランドが構築されていった。その過程の中で、宿泊客数も伸び出したというのが現実だと思う」
──町づくり系の優秀な人材は各地にいるでしょうか。
「必ずいる。これはオンパクを行ってきた私の経験からだ。いるのだが、観光産業の人たちが今まで気付かなかったか無視していたのだ。組織の中のある程度の立場にいる人は、地元で地道にがんばっている人たちを見つけて、輪の中に入れなければならない。人の新陳代謝が必要だ。そこに新しい知恵が出てくる」
【つるた・こういちろう】
成蹊大経済卒。ホテルニューツルタ社長。2004年ハットウ・オンパク、2010年ジャパン・オンパク設立、代表理事に就任。大分県別府市出身、62歳。