【観光学へのナビゲーター 3】観光の福祉的対応を考えるにあたって 日本国際観光学会会長・東洋大学国際観光学部教授 島川崇

  • 2019年7月9日

日本国際観光学会 島川崇会長(東洋大学国際観光学部教授)

 米国のロナルド・メイスが提唱したユニバーサルデザインとは、文化・言語の違い、老若男女といった差異、障がい・能力の如何を問わずに利用することができる設計(デザイン)を指す。対象を障がい者に限定せず、すべての人にとって利用できるものとする。そして、産業福祉における「福祉」のという熟語の意味は、それぞれの字義の原点に戻り、「すべての人々が幸せに生きていくことが出来る状態を作り上げること」を指す。日本国際観光学会の福祉観光研究部会ではこの考え方に立脚し、福祉の対象を介護・介助の必要とされる高齢者・障がい者等に限定せず、すべての人々に対する幸福追求の試みとしてとらえ、研究を重ねてきた。福祉の対象を限定しないですべての人々の幸せととらえるこの考え方は、現在の日本でも広がりを見せつつある。

 しかし、ここにきて、「すべての」人々とすることで、いま目の前でまだ苦しんでいる人を助けることが疎かになってはいないかと感じてきている。特に障がい者が生き辛さを感じずに生きていくことができる環境の実現には、まだまだ越えなければならないハードルが山積しているように思われる。

 サービス介助士の資格付与業務を行っている公益財団法人日本ケアフィット共育機構は、マイノリティの立場を理解するために、以下のようなワークショップを実施している。

 「もし、世界の85%の人が車いす利用で、二足歩行者の方がマイノリティだったら」

 例えば、天井が車いす利用者にあわせて大変低く設計されていたり、レストランでは車いすの人はそのままテーブルに車いすのまま着ければいいので、フロアにはテーブルだけが備え付けられていていすはなく、二足歩行の人が来たら、わざわざ店員に申し出ていすを持ってきてもらったりする…等々、いろいろなシチュエーションで、車いすの人が基準に考えられていて、いつもお願い事をしながら生きていかなければいけないという窮屈さを感じるワークショップとなっている。このワークショップを体験することで、自分がいかに当事者意識を持っていない、または障がい者に寄り添えていないことがよくわかるとのことである。

 福祉分野に触れることで、今まで観光分野で考えられてきたホスピタリティの概念では説明できないような状況を感じることが多くなった。今までのホスピタリティの概念だと、いわゆる“ホスピタリティあふれる”対応だったとしても、それは相手を対象と見て、そことの関係性の構築に終始していたように思われる。関係性は、利がどちらに属するかを重視し、利他性が最終的には自己の利益のための手段となることも考えられてきた。自分を安全地帯に置き、上から目線で対応することも、その関係性において否定はされていない。しかし、本当にいま困っている人と一体関係となってものごとを考えたとき、それとは違った景色が見えるのではないだろうか。

 自身も全盲である静岡県立大学教授の石川准は、障がい者が犬食い(顔を皿につけて直接食べる行為)をする権利を主張している。

 スプーン、フォーク、箸などのカトラリーを使えない障がい者は、今まで介助者から食事介助を受けるのが普通だった。石川は、「つつましく貧しくひそやかに、ボランティアに頼って受け身に暮らすのが障害者らしい生き方」であるとし、「障害者には、愛やヒューマニズムを喚起し触発するようにふるまうこと」が期待されている。愛らしくあることが障害者役割だという。

 一方、犬食いは、一瞬周りの人を戸惑わせる。マナーとしていかがなものかと思ってしまう。食事介助を受けながら食事をする障がい者には愛情あふれる視線が降り注がれ、犬食いをする障がい者には、眉をひそめられる。

 しかし、犬食いだと、介助者はいらない。自分の意志で、自分の力で、自分の食べたいタイミングで、食事をすることができる。食事介助を受けるのと、犬食いと、どちらが人間らしいかと考えると、犬食いが決して人間らしくないと言いきれないのではないか。

 確かに日本ではお椀を片手に持ち、もう片方の手に箸を持って食べるマナーもあるので、こうなるとさらにハードルは高くなる。その高いハードルを越えられない人は、すべて食事介助を受けるべきなのだろうか。

 例えば、カトラリーを使わず手で直接食事をしたらマナー違反なのか。でも、インドでは手で食事をする。インド人はマナー違反なのか。また、日本人は麺類をズルズルズルとすするが、これは逆に欧米人には忌諱される。私たちはマナー違反でみっともない食べ方をしているのか。

 結局、マジョリティとマイノリティの違い以外のなにものでもないのではないか。安全地帯にいるマジョリティ側がマイノリティ側を貶めるその排除の論理こそが、世間全体を生き辛くさせている元凶なのではなかろうか。マジョリティもマイノリティもない、そんな真の意味ですべての人々が幸せに生きることができる社会づくりのために、私たち福祉観光研究部会は、まず、この国に蔓延するすべての人の無関心の除去から始めたい。


日本国際観光学会 島川崇会長(東洋大学国際観光学部教授)

 
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