
旅館・ホテル専門総合情報システム会社のタップ(東京都江東区)は、ホテル・旅館に関わる懸賞論文、第11回タップアワードの優秀賞(賞金50万円)、学生賞(同20万円)を決定し、表彰式を5日に横浜市内で開催した。優秀賞、学生賞を受賞した論文の一部を紹介する。
【優秀賞】「宿泊施設におけるデジタル化の重要性とデジタル化を推進するための組織作りについて」ANAインターコンチネンタルホテル東京 デジタルマーケティングマネージャー 渡辺泰輔氏
優秀賞は、ANAインターコンチネンタルホテル東京・デジタルマーケティングマネージャーの渡辺泰輔氏の「宿泊施設におけるデジタル化の重要性とデジタル化を推進するための組織作りについて」が受賞した。
ネバダ州立大学への留学経験を持ち、国内の旅行業や宿泊業でさまざまなデジタル関連の業務に携わってきた経験から、デジタルマーケティングについて提言した。提言のうち組織体制に関する部分を抜粋して紹介する。
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6―3 宿泊施設におけるデジタルマーケティングのポジションと部門組織としての提言
それでは、どのようなポジションを設ければ良いのだろうか。もし、デジタルマーケティングを宿泊施設、企業グループとして推進したいのであれば、以下のポジションを設けてみてはどうかと考える。
○デジタルマーケティングディレクター/チーフ・デジタル・オフィサー 顧客のユーザーエクスペリエンスの向上、売上を最大化させるためのデジタル面での戦略策定、施策をまとめあげるポジション。マーケティング部門はもちろんのこと、関係各所との連携を図る調整の役割も果たす。
○デジタルマーケティングマネジャー/プロダクトマネジャー デジタルマーケティングディレクターを戦略・施策面でサポートするとともに、レベニュー、セールス、客室、料飲部門など各部門と一緒に決めた宿泊施設のストラテジーにのっとり、デジタル戦略を策定。オンライン広告、ソーシャルメディア広告、プロモーションの施策を先導するポジション。自社ウェブサイトにおける検索エンジン最適化を行う役割も担う。
○デジタルセールスマネジャー/アシスタントマネジャー/スーパーバイザー デジタルメディアからの売上を把握、分析、管理し、広告・プロモーション施策面の最適化を行う。OTAやメタサーチにおけるホテル商品の最適化やレートパリティの確認をするとともに、レストランやウエディングなどのサードパーティの施策管理も行う。デジタル施策面での方向性を決める重要な責務となる。
○デジタルマーケティングスーパーバイザー/コーディネーター 自社サイトやサードパーティサービスのコンテンツの管理を行うポジション。対応するチャネルが多い場合には、宿泊・予約部門と料飲・その他の部門、もしくは自社とサードパーティという分け方で複数名いることが望まれる。また、デジタルマーケティングマネジャーのサポートとして、売上分析、ウェブサイト分析、広告分析も担うポジションでもある。
ソーシャルメディア(コミュニティ)マネジャー/スーパーバイザー/コーディネーター ソーシャルメディアや口コミサイト上におけるコミュニティ管理を行うポジション。ソーシャルメディアへの投稿はもちろん顧客とのコミュニケーションを行う。コピーについてはPRなどマーケティング部門と連携し、統一したコピーを使用する。顧客からの口コミの返信を各部門と連携を取って行い、サービス改善のための口コミ分析の役割も担う。
これらのポジションは必ずしもホテル内で設けなければいけないわけではない。ホテル本社がシェアサービスとしてデジタルマーケティング分野の責務を担うか、あるいはクラスター化して、複数ホテルのデジタルマーケティングを担当するということでも問題ないと考える。また一部の職務をマーケティング部門のPRなどと共有するという考え方もある。
それからマーケティング部門との関係であるが、デジタルマーケティングがマーケティングの新しい分野として存在しているため、現時点では統合させる必要はないと考える。
ただし、デジタルマーケティングが新たな概念ではなくなった時点での統合は行うべきであることは間違いない。
デジタルマーケティング部門やポジションをただ設けたからといって、デジタルマーケティングを始めたことにはならない。あくまで始まりである。
デジタルマーケティング分野自体、進化がとても早い分野であるため、5年後にどのような役割が必要となっていくのか、同じような組織で良いのかも保証されていない。この進化に合わせて、組織を再構成し続けていくことが要求される。
また、デジタルマーケティング部門の人材を雇ったからといって、それで終わりではない。経営幹部は、デジタル分野に関しての理解を深め、その人材としっかりとコミュニケーションを取る責任がある。もちろん、他の業界と比べて適切な給与と将来のキャリアパスを示せないようであれば、せっかく雇った人材の定着も期待できない。デジタルの責任者となるデジタルマーケティングディレクターやチーフ・デジタル・オフィサーが次のステージを常に探しながら、それぞれの部下に対して示し続けていくことも大事である。
宿泊施設が真にデジタル化を推進していくのであれば、経営トップがデジタル化の意味を理解した上で、方向性を示し、経営陣の一人としてデジタルにおける責任者を任命することが求められる。そればかりでなく、配下にデジタル化の一翼を担うデジタルマーケティング部門を配置することが必須となる。さらに、他の部門も一丸となり、企業全体でデジタル化を推し進めようとしなければ、本当の意味でのデジタル化の実現はとても難しいと考える。
【学生賞】「SDGs時代に求められる価値創造型CSRホテル経営」中央大学経済学部経済情報システム学科4年中山裕太氏
学生賞は、中央大学経済学部経済情報システム学科4年の中山裕太氏の「SDGs時代に求められる価値創造型CSRホテル経営」が受賞した。
国連総会で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の達成のため、また企業の社会的責任の実現の場として、ホテル・旅館が障害者雇用に取り組むことを提案した。地方部の中小ホテルなどが障害者雇用の社会拠点を目指す方策に関する部分を抜粋して紹介する。
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2―2 社会拠点としての中小ホテルを目指して
(中略)簡単ではあるが、障害者雇用の形態を見ていきたい。日本の障害者雇用施策は、二元的なものになっている。一つは一般就労が可能な障害者に対するものであり、もう一つは一般就労が困難な障害者に対するものである。本論文で対象とするのは前者に該当する。障害者雇用事業の段階は、就労継続支援事業B型(以下B型)、就労継続支援事業A型(以下A型)、就労移行支援事業そして一般就労と段階を踏んでいく。一般就労が困難な障害者に対しては、その程度に合わせて、B型、A型、就労移行支援事業と段階を経る。これらは、一般就労に対して福祉的就労とよばれる。一見するとその違いが分かりにくいがその違いは明確にある。それは「労働対価」に表れる。A型は、働いている障害者と雇用関係が締結されるから最低賃金を保証しているがB型で働く障害者は、雇用関係が結ばれないため労働対価は「工賃」という形で支払われる。2013年におけるA型の平均賃金が月額6万9458円であるのに対し、B型の工賃は月額1万4437円であった。時給に換算すれば、A型は737円、B型は178円になる。
その性質上、B型は補助金頼りの部分が大きく収益性が低いのが特徴でもある。B型の業務は多岐に渡るがいくつか例をあげれば、農作業や簡単な調理、WEBサイトの作成、データ入力、製菓づくり、刺繍等の手工芸がある。
仕事内容が多岐に渡ることは、ホテル業務にも似た部分があるはずだ。食事提供からフロント業務、そしてベッドメイキング、予約の受付など例をあげれば枚挙にいとまがない。ここに障害者の雇用の場を見出してもらいたいと思っている。法律で定める法定雇用率を超える障害者雇用を実現できるポテンシャルがホテルにはある。
さらに、就労継続支援A型事業所全国協議会『就労継続支援A型事業の課題と可能性』によるA型作業所数ランキングよると、島根県、山梨県、佐賀県、福島県、香川県、群馬県、秋田県、徳島県、山口県、山形県の作業所数がワーストの自治体である一方でその半数の客室稼働率は、50%を上回っていることからも観光と障害者雇用の親和性を考えることもできる。
よって、地方の中小ホテルの一部を比較的程度が軽い障害者の雇用場となるA型として、福祉的就労の場とすればよい。A型は、雇用関係が結ばれるから最低賃金が保障される。そして、社会福祉法人だけではなく株式会社などの一般事業者の参入も認められている。いわゆる、アルバイト型A型と呼ばれているものである。本提案ではアルバイトではなく、期限を定め正規雇用をしていくようにする。期限を定めるのは、一般就労が可能な技術を習得したが、生産性低下を恐れるため企業側が障害者の一般就労への移行を妨げる恐れがあるためである。あくまでも障害者雇用の場は、障害者雇用の一般就労を目指すためA型である以上は、就労移行支援事業へステップアップできるようにすることが社会的責任だ。就労移行支援事業へ移行できれば、その企業に対して何らかのインセンティブを与えるようにする。いかにして、障害者に対し働く場を開放していくか二つ活用方法を提案したい。
一つ目は、「ベッドメイキング」の仕事である。一つの仕事を得意とする障害者には、魅力的な選択肢である。いかなるホテルでもベッドメイキングの仕事は手作業で行っており、ホテルの稼働率が高い限り仕事が毎日ある。
二つ目は食事作りである。B型でも、お弁当づくりをしているところがあるから、その延長として働ける。障害者が一般就労に結びつき難い背景には、仕事内容が異なりすぎるという段差が存在しているからではないだろうか。だから、福祉的就労と一般就労との間の段差を小さくすることが重要であると考えられる。食事作りはそういった点で障害者にとっても取り組みやすいものだ。
具体的には、研修時に見本を例示し、業務終了後には必ずジョブワーカーないしは、責任者に確認をしてもらうようにすると健常者と遜色のないものになる。障害者とジョブコーチだけでは円滑に仕事はできないから、同じ職場に働く健常者が障害者を見守り、アドバイスする「合理的配慮」もまた求められる。
最後に「合理的配慮」に触れておきたい。推進法36条の3では、「また、採用後は、障害者である労働者について、障害者ではない労働者との均衡な待遇の確保」が示されている。しかしながら、実際問題として障害者と健常者が同じ仕事をする場合、障害者に対して何らかのアドバイスや指導をしなければならない。したがって、「教える」という仕事が健常者には課される。果たして同じ賃金でよいのだろうかという議論がある。著者は、中長期的な障害者雇用において「教える」という職務に対する労働対価を健常者賃金に付加するべきであると考えている。そのためにも付加価値を価格に反映し収益性を高める必要がある。ジョブワーカーだけが障害者に対して教えるだけは、現場は回っていない。障害者と同じ仕事をする健常者一人一人が教え、そして目を向けている事実が存在している。だからこそ、それをも包括した労働対価を支払うことにより障害者雇用への理解に結びつき、「合理的配慮」につながっていくはずだ。
受賞論文は近くタップのホームページ(https://www.tap-ic.co.jp/)に全文が掲載される予定。
受賞者2名と選考委員ら