
豚肉ほうとう
よく伺う河口湖畔の「富士レークホテル」で一泊した翌朝のこと。窓の向こうに富士山が美しく見える朝食バイキング会場で、九州在住の同行者の1人が、「あそこに“ほうとう”があったけど、お昼に食べるからやめておいたよ。うどんの入った味噌汁みたいなものなんだね」と言う。
当日はランチで山梨名物ほうとうを食べる予定になっていたから、朝は食べないでおくというのは正しい選択だ。でも、ほうとうに対する理解はチョット違う。ほうとうは味噌汁でもなければ、うどんとも似て非なるモノ。同じ小麦粉を原料としているのに、うどんと何が違うのか? その差は製法である。
うどんはコシがあるのが美味とされているが、コシとは歯で噛んだ時に感じる弾力のこと。このコシを強くするのに欠かせないのが、小麦粉に含まれるタンパク質の一種、グルテンという成分だ。小麦粉を水と混ぜてこねると、粘りと弾力のもとであるグルテンが生成される。
例えば、逆に粘度を出したくない天ぷら衣を溶く時には、できるだけ小麦粉を練らずにサックリ混ぜることを考えると、なるほどと思う。
このグルテン、塩を加えると強度が増すので、うどんの生地を練る際は弾力を与えるため、塩を加えているのだ。しかも、練った後寝かせてから切ったものを、一旦茹でてから使う。
それに対し、ほうとうは塩を加えないので、塩分を抜くために茹でる工程が不要。だから練った生地をすぐ麺状に切って、そのまま味噌仕立ての汁で煮込むので、汁にとろみが付くのが特徴だ。トロリとした汁がよく絡むよう、麺はうどんより平たく幅広い。
具は野菜類が主だが、カボチャが必須と言われる。煮崩れて汁に溶け出すと、その甘みと味噌の辛味が丁度良いバランスになるからだ。筆者がよく訪れる「小作」でも、大きなカボチャがゴロゴロ入った「熟瓜餺飩(かぼちゃほうとう)」が売り。同店では他に、豚肉、鴨肉や辛口カルビなどさまざまなほうとうがあり、猪肉や熊肉なんていう変わり種のものもある。
それもそのハズ、山梨県は海に面していないため、古くからタンパク質は山の幸から摂取していたのだ。だから、馬肉を食す習慣もある。前回筆者は、「カエル焼き」をいただいた。訊けば、ウシガエルの脚だそう。フレンチや中華では食べたことがあるが、串焼きは初。淡泊な肉に、甘辛いタレの味がマッチして美味であった。
話を戻そう。面積の8割を山岳地帯が占める上、富士山の近くは溶岩台地が多く、米作に向く土地が少ない山梨では、昔から米より麦を主食として来た。
そんな食文化から生まれたほうとう、甲斐の名将武田信玄が陣中食として好み、自らの刀で具材を刻んだことから「宝刀」と呼ばれるようになったとする俗説も。学問的に異を唱える人も多いが、何ともロマンがあるではないか。ほうとうを食べて信玄公は何と言ったのか? 戦国時代に想いを馳せて熱々の麺をすすれば、楽しさ倍増!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。
辛口カルビほうとう
豚肉ほうとう
カエル焼き