【竹内美樹の口福のおすそわけ156】米沢牛 竹内美樹


 先日、山形県・かみのやま温泉の「日本の宿 古窯」にお邪魔してきた。宿のあちこちに、佐藤洋詩恵女将自筆のメッセージが置かれ、こまやかなそのおもてなしに、いつもながら心温まる。

 ここでの楽しみの一つが、夕食。同館が東京で経営する「ぎんざ古窯」でもコースのメインは牛肉だが、佐藤信幸社長は米沢牛・山形牛の仕入れに大変注力されている。だから、独自の仕入れルートで一頭買いした上質な肉を堪能することができるのだ。

 松阪牛・神戸牛と並び日本三大和牛と称される米沢牛は、霜降りのきめ細やかさと脂の質の良さ、とろけるような食感が特徴。奇跡の牛肉と言われる素晴らしい味わいは、米沢盆地の寒暖の差が大きな気候と、最上川がもたらす肥沃(ひよく)な土地で採れる大豆や麦、トウモロコシ、稲ワラなどの良質な飼料が生み出したもの。米沢牛を名乗れるのは、置賜管内の畜産農家で長期間肥育された黒毛和種の未経産雌牛で、肉質が優れているもののみ。

 米沢牛のおいしさが広まった経緯には、実は意外な歴史が。江戸時代、藩主上杉治憲(後に鷹山)が開いた藩校「興譲館」で、明治4年から教鞭をとった英国人教師が、現地の牛肉があまりに美味だったため、任期を終え横浜に戻る際、牛を一頭連れ帰って仲間に振る舞ったところ、瞬く間に評判になったという。

 さて、そのお味は? 脂の質の良さを誇る米沢牛は、脂の融点が低いため、常温で脂が溶けてしまう。そこで古窯では、最も美味な状態で提供するため、食べる直前にスライスしているそうだ。しかも、セリで仕入れてから3~4週間、マイナス3度で低温熟成している。まさに「肉の大吟醸」といったところ。専門の調理人が枝肉を整形し、余分な脂身を全てカットするため、整形後はおよそ半量になってしまうそうだ。

 今回はぜいたくにも、中川清昭総調理長自ら焼いてくださった炭火焼と、蒸ししゃぶの2種類を味わった。まずは炭火焼。美しくマーブル模様にサシの入ったステーキ肉を、パチパチと音を立てながら赤く燃える炭の上で、総調理長が網を動かしながら丁寧に火を通していく。立ち上る香ばしい匂いがたまらない。焼き上がったそれは、ちょうど良いミディアムレアで、かめばうま味のある肉汁がジュワッと口の中に広がり、超美味。一方の蒸ししゃぶは、大判の薄切り肉。各自の前に置かれた蒸籠(せいろ)に火をつけて、待つことしばし。こちらはとろける味わいで、肉のうま味が移った下に敷いてある野菜も絶品!

 敷地内にある約1200年前の窯跡にちなんで名づけられた「古窯」。同館が名旅館という評判をキープし続けているのは、上杉鷹山公の名言「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」を実践されているからだろう。最高の牛肉を提供したいという一心で肉と向き合っておられる佐藤社長の姿勢から、努力すれば実現できるのだと学ばせていただいた筆者である。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。img_0262161119k

img_0280

 
新聞ご購読のお申し込み

注目のコンテンツ

第37回「にっぽんの温泉100選」発表!(2023年12月18日号発表)

  • 1位草津、2位下呂、3位道後

2023年度「5つ星の宿」発表!(2023年12月18日号発表)

  • 最新の「人気温泉旅館ホテル250選」「5つ星の宿」「5つ星の宿プラチナ」は?

第37回にっぽんの温泉100選「投票理由別ランキング ベスト100」(2024年1月1日号発表)

  • 「雰囲気」「見所・レジャー&体験」「泉質」「郷土料理・ご当地グルメ」の各カテゴリ別ランキング・ベスト100を発表!

2023 年度人気温泉旅館ホテル250選「投票理由別ランキング ベスト100」(2024年1月22日号発表)

  • 「料理」「接客」「温泉・浴場」「施設」「雰囲気」のベスト100軒