先日、日本三景の一つ松島を訪れた。宮城県・松島湾に浮かぶ260余りの島々が織り成す光景は、とても美しい。俳聖松尾芭蕉は「奥の細道」の冒頭で「松島の月まづ心にかかりて」と述べているが、松島への憧れが東北への旅のキッカケとも言われている。
その松島も、2011年の東日本大震災で被災した。他の東北沿岸部に比べ被害が少なかったとはいうものの、家屋の損壊や津波による浸水などの被害を受けた松島町では、避難者数が3700人以上に上ったという。辺り一面汚泥に覆われた様子が報道され、当時は筆者も胸を痛めた。
松島には、秋保温泉「伝承千年の宿佐勘」の姉妹宿「松島佐勘 松庵」がある。同館佐藤勘三郎社長とのご縁で、館内の「れすとらん海音」にお邪魔したこともあり、どうなっているだろうとずっと気になっていたが、このたびやっと再訪がかなった。変わらぬ笑顔で出迎えてくださった女将の横山京子さんから、同館は奇跡的にほとんど被害がなかったと伺うことができた。
目の前の、波ひとつ立たない静かな入り江と松が生い茂る島を眺めつつ「昼懐石」に舌鼓を打った。まずは、地元名産牡蠣(カキ)のプリン。潮の香りと牡蠣の風味に満ちたそれは、茶碗蒸しより軟らかく滑らかで「あぁ松島に来たんだ」と実感できる逸品。続く前菜は、仙台セリや蛸(タコ)の柔らか煮など、彩り美しい五点盛りの一皿と、鰆(サワラ)のタタキ。そしてお次は、赤ムツと原木舞茸のお椀。「のどぐろ」の名でも親しまれる赤ムツは、香ばしく焼き目がついており、ほどよく脂が乗っていて超美味であった。
お造りは、雲丹(ウニ)や松皮カレイなど、地元の新鮮な魚介類が盛り合わせてあったが、中でも特筆すべきは「三陸塩竈ひがしもの」というブランド魚。三陸沖ではえ縄漁船が漁獲し、塩竃市魚市場に水揚げされた天然物のメバチ鮪(マグロ)だ。中でも、鮮度・色つや・脂のりなどの条件で厳選された物で、秋冬の期間限定である。添えられた松島産の海苔(ノリ)と共に、土佐醤油と卵黄のソースでいただけば、うま味がねっとりと舌にまとわり付く。
他にも、栗にあられを付けた「栗あられの揚げ出汁」や、白子の載った鱈(タラ)と大根のステーキ、同県名産のフカヒレと、冬瓜と花びら茸の温物、秋刀魚の炊き込みご飯など、秋の味覚やこの地ならではの食材に、秋田克志呂調理長が工夫を凝らしたお料理の数々に、一同大満足だった。
美しい景色はごちそうである。料理の質が高ければ、相乗効果で素晴らしいひと時を過ごすことができるが、残念ながら景色の良さに甘んじて、料理が伴わない店も少なくない。だが「海音」では、最高の景色と極上の料理が口福の時間を約束してくれると、満席のにぎわいが証明していた。
「松島や、ああ松島や、松島や」と芭蕉が詠んだとか、そうでないとか言われているが、松島の景観を眺めつつ美味を口にしたら、言葉にできない思いから、筆者もつい言いたくなってしまった。「松島や…」
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。