「休日にパンを焼く」という、昨年夏ごろからの妹のマイブームは、ありがたいことにいまだ続いている。これまで、ハムパンなどのお惣菜パンに始まり、食パンやバゲットなどのシンプルなパンも焼いたかと思えば、難易度の高いクロワッサンにも挑戦し、ことごとく成功してきた。そしてこのたび、ベーグルを焼くという。
チョット待って、実はあんまり好きじゃないのよね、あのネッチリした食感が。筆者はワインにピッタリなオリーブやチーズ入りのパンをもう一度焼いてもらいたいと思うが、チャレンジ精神旺盛な妹は、違う物を作りたいらしい。
ベーグルは、真ん中に穴の開いたリング型ではあるが、ドーナツとは全く別物。発酵させず油で揚げるドーナツに対し、ベーグルは発酵させた後ゆでてから焼く。ゆでて表面に膜を作り、焼くときに水分が蒸発するのを防ぐから、あのモチモチの食感が生まれるのだ。また、一般的なパンとも違い、バターなどの乳製品や卵も入っていない。
実は、ベーグルって元々、ユダヤ教の食文化から生まれた物なのだ。ポーランドに古くから伝わり、今もEUの原産地名称保護制度に認定されている「オブヴァジャネック」がベーグルのルーツといわれているが、かつてポーランドにはユダヤ系移民が多かった。
ユダヤ教には食に関する厳しい戒律があり、食べてはいけない物がある。例えば肉類では、蹄(ひづめ)が割れていて、かつ反芻(はんすう)する動物以外はNG。牛は二つの条件をクリアしているが、豚は反芻しないからダメ。そして聖書に「仔山羊の肉をその母の乳で煮てはならない」とあるため、肉料理と乳製品を同時に食すことが禁じられており、調理器具や保存場所まで分けられている。ベーグルを肉と共に食べる可能性のある「主食」と考えれば、乳製品を外すのは当然だろう。
ユダヤ系移民がベーグルをアメリカにもたらすと、バターが入っていなくてヘルシーだと、健康志向のニューヨーカーにウケた。いつの間にかベーグルを食べること自体がファッションのようにカッコいいイメージを持つようになり、日本にも伝わった。
かつて迫害された時期、ユダヤ人であることを隠すためにベーグルを食べなかったといわれる彼らは、米国という新天地で自由と富を得、ベーグルを取り戻しただけでなく、新しい食べ方も考案した。それがスモークサーモンとクリームチーズ入りのサンドイッチ「Bagel & Lox」だ。ロックスとは、東欧のユダヤ人の言葉でサケの切り身をマリネしたものを指し、派生してスモークサーモンもそう呼ばれるそうだ。
さて、妹のベーグルはというと、艶を出すため蜂蜜入りのお湯でゆでてから焼き上げたそれは、ほんのり甘味があり、想定外に軟らかく、ベーグルってこんなにおいしかったっけ?と思うほどだった。モチロン、食べ方はベーグル&ロックス。コレってホントの意味で幸せの象徴、口福の味だったのだ。
平和に乾杯!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。