
母は昔、本当にいろいろな料理を作ってくれた。米国生活が長かったため、アメリカンな料理がメインではあったが、イカの塩辛やパンなど手間のかかる料理も作っていた。何より頭が下がるのは、長女の筆者を含む三姉妹が通う学校に給食がなかったため、筆者の小学校入学から3番目の妹が高校を卒業するまでの18年間毎日お弁当を作り続けてくれたことだ。
そんな母でも「今日はもう何もしたくない!」という日があっただろう。コロナ禍のステイホーム中、毎日3食用意するのが苦痛という話を聞くが、確かに面倒になることだってある。
イマドキなら、ウーバーイーツや宅配ピザ、コンビニやスーパーのお弁当など、お助けマンはいろいろあるが、当時はあまり選択肢がなかった。そんなとき、母のピンチを救ってくれたのが「TV(ティーヴィー)ディナー」だ。アメリカの冷凍食品で、仕切りの付いたトレーにメインディッシュと副菜が入り、それ一つでディナーが賄えるというシロモノ。その名の通り、テレビを観ながら片手間に食事ができる。
実はコレ、日本には輸入されていないが、当時わが家は祖母の関係で米軍基地内のスーパーマーケットに買い出しに行くことがあり、米国産の食品がストックしてあったのだ。
種類はいくつかあったが、わが家は決まってローストターキー。長方形のトレーの手前に、グレービーソースのかかったローストターキーがドドンと入り、後方の左右にマッシュポテトとグリーンピースのバターソテー、その間の小さめの枠にクランベリーソースという内容だ。
銀色のアルミトレーに入り、オーブンで25分温める。あの頃は画期的だったが、今はレンジアップ仕様になり、ほんの数分で食卓に出せるようだ。さまざまな物が進化し、逆に淘汰されてしまう物もあるが、あの懐かしのアルミトレーは、アメリカ文化を象徴する物として、スミソニアン博物館に収蔵されている。
「TVディナー」という言葉は今、レンチンするだけで食べられるワンプレートの冷凍食品を表すようになったが、元は商品名である。家禽(かきん)の卸売りを営むスワンソン社が、感謝祭に販売予定の七面鳥の仕入れを大幅に見誤り、270トンもの余剰在庫を抱えてしまう。解決策の提案を呼び掛けたところ、ある営業マンが、仕切りをつけたアルミトレーに調理済みの七面鳥とサイドディッシュを盛り込み、1食1皿完結型の冷凍食品の製造販売を思い付いたという。
実は、既に類似商品が存在したようだが、あまり流通していなかった。「TVディナー」が全米で大ヒットしたのは、時流に乗ったネーミングとテレビをデザインした外箱、つまりはマーケティングの勝利だ。
お味はというと、今日はコレでゴメンという母に、いつでもウェルカム!と思ったくらい、子供にとっては特別感があったから、ムチャクチャおいしかった。今ならどう感じるだろう? また食べてみたいな♪
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。