
東京南麻布の日本料理の名店「分とく山」を訪れる機会を得た。同店野﨑洋光総料理長は、テレビ出演も多く、80冊以上の料理本の著者としても名高い。
当日は料理研究会だったため、通常メニューとは構成がちょっぴり異なる。コースのタイトルは「陰陽五行涼味の宴」。…へ、陰陽五行って? なんか、呪術で悪霊を操ったりする、オドロオドロしい陰陽師を想像しちゃうけど、違う。
まず「陰陽」とは、万物には陰と陽という、相反する二つの気があるとする古代中国の思想。例えば天、日、昼、動、明、男などは陽で、地、月、夜、静、暗、女などは陰とされている。
これを料理の世界に当てはめると、食材にも陰と陽があり、海の魚は陽で川魚は陰などと決まっているらしい。さらには和包丁にも決まりがあり、刃の付いている表が陽、裏側が陰と定められているという。
例えば柵取りした鮪(まぐろ)を切って刺し身にする場合、右から切っていくので、包丁の表側に身が当たる。だから刺し身は陽とされ、角型の陰の器に盛り付けるのが正式。一方河豚(ふぐ)や平目の薄造りは、左から切っていく。そうすると、刃の無い裏側に身が当たるので陰とされるため、丸型の陽の器に盛り付けるのだそうだ。
次に「五行」とは、やはり中国古来の世界観で、万物を構成する「木、火、土、金、水」の五つの気のこと。料理においてはこの考えに基づき、「五味、五色、五法」を大切にすべしと伝えられてきた。五味とは甘、鹹(塩辛い)、辛、酸、苦の五つの味。五色は赤、黄、青(緑)、白、黒(紫)。そして五法は生、焼、煮、蒸、揚の調理法を表す。これらの調和を重んじて献立を組めば、味も色も栄養素的にもバランスが取れるといわれているのだ。
難しいことはさておき、「分とく山」のお料理はというと…。驚きの美味だったのが、清汁仕立ての「鰹(かつお)生利節」のお椀。なまり節の汁物ってどうも生臭いイメージがあるのだが、全く臭みがなく、程好いあん梅と深い味わいで、絶品!
そして、同店の看板料理「鮑(あわび)磯焼き」も登場! 軟らかく蒸した鮑に、肝ソースと磯海苔(のり)を載せて焼いたもの。開店以来のスペシャリテで、系列店も含めると毎日200個近くものアワビが使われるそうだ。
さらに、同店のもう一つのシグニチャー・メニューである土鍋の炊き込みご飯。この日は「雑魚(じゃこ)山椒(さんしょう)ご飯」だった。土鍋のふたを開けると、雑魚が表面一杯に広がり、真ん中に実山椒が。お茶碗に取り分けられたそれを手にすると、えも言われぬ芳しい香りが立ち昇って来る。そのおいしさは、推して知るべし。
野﨑氏が、和食は昔から陰陽五行を重んじてきたとご説明下さった。「雑魚が陽で山椒が陰。二つのバランスが重要なのです」と同氏。技術だけでなく料理哲学もまた店の人気を支えているのだと、ご飯のうま味をかみしめながら感じた筆者。ついお代わりをお願いしてしまった。だっておいしかったんだもん!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。