【竹内美樹の口福のおすそわけ 273】塩原高冷地かぶ 宿泊料飲施設ジャーナリスト 竹内美樹


 絶滅危惧種に指定されている、「クマガイソウ」という蘭の一種をご存知だろうか? この名は「平家物語」にも登場する武将、熊谷直実に由来する。花の袋状に膨らんだ唇弁が、武将が矢や投石から身を守るため鎧(よろい)の背に付けた、布製の母衣(ほろ)に似ているからだ。

 直実が平敦盛を討った一ノ谷の戦いは、能や浄瑠璃などいろいろ脚色されている。歌舞伎版「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の三段目「熊谷陣屋」は、今年2月にも上演された。人間国宝中村吉右衛門丈の直実を見た筆者、当たり役の熱演に、涙、涙であった。

 …話が逸れたが、めったにお目に掛かれないこの花を、間近で見る機会を得た。栃木県那須塩原市の小山農園を訪れた際、裏手の杉林の群生地でちょうど花が咲いていると、主の小山吉信氏が案内して下さったのだ。それを目当てに来るバスツアーもあるという、珍しい袋状の花に期せずして出会えて、超ラッキー。

 だが本来の目的は、小山さんが育てる「塩原高冷地かぶ」。塩原温泉旅館協同組合では、毎年名物の「塩原高冷地かぶ」を活用した「ウェルカム新緑!ウェルかぶ塩原♪」というキャンペーンを実施している。そこまで話題になるこのかぶ、タダ者ではない。旬を迎えると、お砂糖でも掛かっているのかと思うほど糖度が出て、軟らかくみずみずしくなる。地元では「トロかぶ」と呼ばれるという。

 塩原温泉郷「やまの宿下藤屋」渡邊幾雄社長にご紹介いただいて以来、同農園にはたびたびお邪魔している。実は平成14年に当時の天皇皇后両陛下がご視察にお出ましになっており、吉信氏で17代目という由緒正しい家柄でもあるのだ。

 小山氏の土地は、栃木百名山の一つ日留賀岳の登山口でもあるため、登山者名簿も管理されており、「1849mいや~よくきた」と書かれた手拭いが飾られている。朝夕の寒暖差が大きく冷涼な気候で、かぶを育てるには絶好の場所だが、猿や鹿、猪などの獣害対策が一苦労。頭の良い猿は、電気の通ったワイヤーも易々(やすやす)とよけるそうだ。日々戦いながら守り育てたかぶは、かわいい子供のようだと目を細める小山氏。

 その大切なかぶを持ち帰ると、当日使う分の皮をむく。普通はかなり厚くむかないと繊維が残るのだが、コレは薄くても大丈夫。そして一部は半分に切ってぬか床にイン! 明日が楽しみ♪ 残りは薄切りにしてお皿に並べ、ハーブソルトとオリーブオイルをかけてカルパッチョ風に。新鮮なうちは生が一番だ。

 信じられないくらい甘くてジューシー。大げさでなく、いくらでも食べられる。前夜、下藤屋さんでいただいた炊き合わせはモチロン美味だったが、天ぷらのあまりのおいしさに仰天した。カリッとした衣の中から、かぶのジュースが飛び出て来る感じ。あぁ口福。

 5月中旬~6月下旬という短い時期しか食べられないのが残念だが、だからこそ有難いとも思う。次は秋に出る、これまた絶品の「塩原高原大根」を楽しみに待つことにしよう!

※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

クマガイソウ

那須塩原小山農園裏手にある、クマガイソウの群生

小山農園かぶ畑

畑の塩原高冷地かぶ

出荷前の塩原高冷地かぶ

 
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