
宿に到着し、車のドアを開けた途端、硫黄の匂いが鼻を突く。栃木県那須塩原市の「やまの宿 下藤屋」は、塩原温泉郷の中で唯一硫黄泉が湧き出る「奥塩原新湯温泉」にあり、裏山から湧出する源泉がそのまま浴槽に注がれる。全国の温泉の中でも、筆者の好みでは5本の指に入る泉質だ。
取材を通じて同館の渡邊幾雄社長と知り合ったが、宿の名前を出すと「あの下藤屋さん?」という反応が多い。それもそのはず、「日本源泉かけ流し温泉協会」「日本秘湯を守る会」に属しており、温泉ファンの間では有名な宿なのだ。
実はここ、筆者が好きな宿の朝食でも5本の指に入る。朝食会場に行くと、一人ずつのお膳に彩り豊かなお料理が並んでいる。地の物を中心に、こだわりの厳選素材が使用されており、その詳細が書かれた栞(しおり)も添えられている。
まずは、主役のお米。美味な米で名高い新潟県魚沼地区と隣接する、栃木県北部で生産されたコシヒカリを使用しているそう。このご飯と一緒に熱々の状態で運ばれてくるのは、かつて同館が作っていた配合で味噌(みそ)屋さんが製造してくれている、無添加味噌の味噌汁。具は季節によって替わるが、この時は茄子(なす)とお揚げがタップリの具だくさん。時折宿の朝食で、申し訳程度に具が入った味噌汁を見かけるが、こういうところにお客さまに対する想いの差が感じられる。
栞の順に紹介すると、次はお豆腐。固形燃料のコンロで1人分ずつ用意され、火を入れると徐々に固まっていく。有機栽培の大豆から作られているそうで、出来たてなのがうれしい。
続いて「那須御用卵」。海藻やヨモギ、漢方などが含まれた独自開発の飼料を与えたニワトリの卵で、割ってみると黄身の鮮やかなオレンジ色に驚く。箸で持ち上げられるくらいプリップリで、甘味が強くコクのある味わい。これを生卵と温泉玉子の2種類味わえるのだが、通常の卵よりコレステロール含有量が低いから、2個食べても安心だ。
そして野菜。地産地消の精神から、できるだけ地元産を使っているという野菜は、サラダだけでなく、煮物やおひたし、漬物など、さまざまな種類で楽しめる。
他にも、湯葉やがんもの煮物などのおかずや、きゃらぶき、ごぼうと葱(ねぎ)の辛味噌、つくだ煮といったご飯のお供など、お膳に並び切らず「サブお膳」にはみ出てしまうほど。少しずつたくさんの種類をいただけるのは、宿の朝食ならではのぜいたく。
特筆すべきは、鮭(さけ)である。ただの焼き鮭ではなく、ひたひたの出汁(だし)が張られ、バターが載ったそれを飛騨コンロで温めれば、鮭が出汁を吸って汁気がなくなり、鮭自体はふっくら軟らか。ほんのりバターの味と香りがして、超美味なのだ。
創意と工夫、そして何より心がこもったこの朝食、栞のタイトル通り、まさに「元気になる朝ごはん」だ。社長と女将さんのお人柄が表れている。ご夫妻のおもてなしと良質なお湯で、心も体もポカポカになる。また行こうっと!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。