先日、2班目の社員旅行で南会津に出掛けた。江戸時代参勤交代に利用された下野(しもつけ)街道の宿場で、現在重要伝統的建造物群保存地区に選定されている「大内宿(おおうちじゅく)」を観光したいと考え、その近くにある湯野上温泉の宿「藤龍館」に泊まらせていただくことになった。
星永重社長との打ち合わせの中でランチの話になり、近くにとてもおいしいフレンチレストランがあると教えていただいた。シェフは、テレビ番組「料理の鉄人」で、鉄人である陳建一シェフに圧勝した経歴の持ち主だというではないか。
予約の電話をしてみると、優しい声のマダムが応じて下さった。一人乳製品がNGという社員がいたが、マダムはとても丁寧にご対応下さった。電話での印象も、当日の味付けのエッセンスになると感じた。
山道を進んでいくと、緑に囲まれた一軒家「Chez やまのべ」が姿を現した。期待に胸が膨らむ。温かく出迎えて下さったのは、山野辺宏シェフとマダム、そしてご子息。シェフはフランスで修業され、さまざまな店でキャリアを積まれた後、葉山の有名レストランの総料理長も務められたそうだが、なぜ南会津の山里で開業されたのか?
答えは「古材」。フランスで出会った、古材でできた建物の素晴らしさに感動し、自分の店を持つならこんな雰囲気にしたいと考えていたシェフに、南会津町にある古民家が解体されるという情報が入った。その古材を譲り受け、この地に根を下ろしたのだ。
百年近くの時を経た古材がもたらす温もりに包まれながら、いざお食事。まず一口前菜は、小さ目の玉ねぎに、賽(さい)の目に切った鶏胸肉を合わせた一皿。玉ねぎの甘味と鶏肉のうまみのハーモニーが、優しい味わい。ソースにつけて召し上がって下さいと運ばれてきたパンは、地元で「十念」と呼ばれるエゴマ入り。
話は逸れるが、会津地方では、エゴマを食べると10年長生きするといわれ、この名が付いたとか。地元の郷土料理で観光客にも人気の「しんごろう」は、半つきにしたうるち米を竹串に刺し、エゴマをすりつぶして作る十念味噌を塗って炭火で焼いた物である。
話を戻そう。煮詰めた魚のだしが効いたソースが絶品のスズキも、目の前の畑で育てたカラシ菜を添えたビーフステーキも美味であったが、最も印象に残ったのはオードブルだ。
焼いたり軽くマリネしたり、それぞれに異なる調理が施された、エビ、帆立、赤イカ、サーモン、カニ、真ダイ、カマス、イナダ、魚のすり身の団子クネルなど、たくさんの海の幸の上に、ニンジンの葉や大根の花が載ったサラダ仕立て。目でも舌でも楽しめる逸品であった。
自ら野菜を作るだけでなく、冬はジビエを求めて猟に出るという山野辺シェフ。四季がハッキリしていて、空気と水が奇麗なこの地の魅力に惹(ひ)かれたそうだが、そんな山里の恵みを生かしきれる料理人は少ないだろう。それを堪能する口福なひと時を過ごせた、この出会いに感謝!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。
シェ・やまのべ入口
ひと口前菜
えごま入りのパン
魚介類のサラダ仕立てオードブル
魚料理のスズキ
肉料理のビーフステーキ
デザート