【私の視点 観光羅針盤 362】防衛立国と観光立国 石森秀三


 日本ではいま政府与党内で防衛力の抜本的強化についての協議が急ピッチで進められている。自民、公明両党は自衛目的で他国領域のミサイル基地などを破壊する「敵基地攻撃能力」の保有で合意している。政府はすでに米国製巡航ミサイル「トマホーク」の導入を検討している。トマホークは最大射程距離が3千キロなので、ほぼ2千キロ以内に点在する中国本土の主要な基地に届くといわれている。政府は最大500発程度のトマホークの購入を想定しており、総額で約1500億円とみられている。

 敵基地攻撃能力の保有によって、戦後の日本の安全保障政策が大きく変わる可能性が高い。しかも岸田政権は2023年度から5年間の防衛費総額を43兆円とすることを決めている。長らく国内総生産(GDP)比で1%を目安にしてきた抑制的な財政対応から大きく踏み出すことになる。防衛費の急激な大幅増額は財政への影響が大きい。巨額の防衛費をいかに賄うか、他の項目の歳出削減や増税、国債(借金)の発行など、国民の暮らしや将来の負担に関わる大問題である。当然のことながら、国民の間で広く議論して合意形成を図っていく必要があることは言うまでもない。

 政府与党が敵基地攻撃能力の保有という戦後の安全保障政策を大きく変更する協議を進めている背景には、日本の安全保障環境の厳しさがある。中国はこれまでに軍備の大幅な増強を続けて海洋進出を進めている。その上に10月に開催された中国共産党大会で習近平総書記(国家主席)の3期目続投が決まるとともに、最高指導部人事において習氏の独裁体制が強化された。習主席は祖国統一の偉業を成し遂げると強調しており、しかも従来の「平和統一」をこえて軍事力行使の可能性についても言及している。まさに「台湾有事」が現実化している。北朝鮮は核開発を続けると共にミサイル発射を繰り返し、ロシアもまたウクライナに攻め込んでいる。これらの隣国の軍事的脅威に対して、日本は抜本的に防衛力を強化して、日本への攻撃を思いとどまらせる「抑止力」の強化が必要というわけだ。

 軍事的安全保障の視点で考えると、日本にとって日米同盟関係は極めて重要であり、中国は軍事的に敵対関係に陥る可能性が高い国である。その一方で経済的視点で見ると、中国は日本の最大の貿易パートナーであり、21年の貿易総額は約38兆円に上っている。しかもポストコロナを想定して観光立国を図る際に最も期待すべきは中国人観光客である。

 日本の安全保障を考える際に軍事的安全保障だけでなく、文化的安全保障の視点も重要である。観光を通して国と国が仲良く国際交流を進め、人々が親しく交わることで相互理解を深めて「平和の礎」を築く役割を果たすことができる。そういう意味で国際観光は文化的安全保障の重要な手立てになり得る。観光業界は文化的安全保障の大切さを繰り返しアピールすべきだ。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 

 
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