【私の視点 観光羅針盤 326】グランドビジョンの必要性 石森秀三


 11年前の3月11日に発生した東日本大震災は2万2千人を超えるかけがえのない生命を奪い去った。巨大津波と原発事故が重なった未曽有の複合大災害であった。

 私は東日本大震災のさまざまな映像を目にするたびに涙が止まらなくなる。政府は昨年度までの10年間で30兆円超を投じて各種の創造的復興事業を行ったが、現在でもなお全国で約3万8千人が故郷を離れて避難生活を送っている。大震災から11年を経ても、自らの居住地に安心して戻れない人々が多数いることに驚くとともに、原発事故の恐ろしさを改めて実感している。

 ところが自民党「電力安定供給推進議員連盟」は速やかな原発再稼働を政府に求める決議を採択している。その背景にはウクライナ侵攻によるロシアへの経済制裁で原油や天然ガスの高騰が長引き、電気料金の値上がりにつながるという懸念がある。

 欧州では、ロシアから原油・天然ガス供給が途絶えるリスクに基づいて原発回帰への動きが鮮明になっている。その一方で、ロシアはウクライナの原発や核物質を扱う研究施設に対する攻撃を行うとともに、欧州最大級の南部ザポロジエ原発の接収を既に行っている。

 要するに有事の際には原発は重要な攻撃対象になる危険性が明確になった訳である。さらに原発は使用済み核燃料の問題や安全リスクの問題などでさまざまなコストがかかることも明らかになっている。

 本来であれば、今こそ原発依存ではなく、クリーンで安全な自然エネルギーへの転換を本格的に図るべき時が到来しているといえる。幸い、日本の国土は、「自然エネルギーの宝庫」であり、さまざまな発電手法を組み合わせることによって、「脱炭素の実現」という最先端のグローバルな課題についてモデルケースを示すことができる。そういう意味で、日本のエネルギー政策について将来を見据え、さまざまなイノベーションを前提にして、長期ビジョンの再構築を図ることが求められている。

 同様に日本の観光政策についても長期ビジョンの構築が不可欠である。日本では観光立国推進基本法に基づいて「観光立国推進基本計画」が策定されているが、直近の基本計画は2021年3月末で期限が切れている。日本観光はいま大転換の時代を迎えており、この際に大きなビジョンの下で観光政策の策定を行うべきだ。

 従来のようなインバウンド観光に依存し、観光の量的拡大を重視した観光政策は改める必要がある。ロシアによるウクライナ侵攻に象徴されるような国際政治・経済の大変動や、世界的なパンデミックや気候変動を視野に入れるとともに、ポストコロナにおける観光の多様化への対応を検討する必要がある。

 その上に今後の厳しい人口減少時代に対応する地域資源の持続可能な活用を前提にした「民産官学の協働による地域観光の推進」を図るべきだ。そのための人財育成、外国人労働者の受入れなど解決すべき課題は数多くある。

 日本の優れた叡智(えいち)を結集して「日本観光の大計(グランドビジョン)」を構築し、それに基づく適正な観光政策の策定を期待したい。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 

 
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