【私の視点 観光羅針盤 290】進むも地獄、退くも地獄 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。 このままじゃ、政治に殺される」 という企業広告が全国紙に掲載され、大きな話題になった。雑誌・書籍出版社の宝島社が5月11日付の朝刊3紙(日経、読売、朝日)に掲載した企業広告であった。

 広告には次の文章が続いていた。「私たちは騙(だま)されている。この1年は、いったい何だったのか。いつまで自粛すればいいのか。我慢大会は、もう終わりにして欲しい。ごちゃごちゃ言い訳するな。無理を強いるだけで、なにひとつ変わらないではないか。今こそ、怒りの声をあげるべきだ」。まさにその通り、と感じるのは私だけであろうか?

 宝島社の企業広告から2週間後の5月24日に開催されたWHO(世界保健機関)年次総会で、国連のグテーレス事務総長は「世界は新型コロナウイルス感染症との戦争状態にある。コロナ対策の必要な武器(ワクチン)の不公平な分配に対して戦時体制の論理で対処が必要」と演説した。

 事務総長は富裕国10カ国に75%のコロナワクチンが集中している事態を批判したものであるが、一方でコロナ禍を「戦争」とみなした点が注目された。

 東京五輪の開催が目の前に迫ってきたが、現実には政府による3度にわたる緊急事態宣言の発令にもかかわらず、コロナ禍の収束の兆しは全く見えない。菅政権は「安全で安心な大会を開催できる」と繰り返し表明しているが、各種メディアによる世論調査では「東京五輪の中止、再延期」を求める意見が約8割を占めている。

 欧米のメディアは、東京五輪が「一大感染イベント」になりかねないという論調を強めている。日本でも数多くの識者が「コロナ敗戦」を論じ、「なぜ日本の役所は緊急事態で後手後手になるのか」「政府のワクチン政策は大失敗」などと批判している。

 事実、日本のワクチン接種率(1回接種を含む)は5%程度で先進諸国の中で最下位。米国のワクチン接種率は約46%で、接種率約53%の英国では5月中旬から飲食店の屋内営業が再開され、6月には大半の規制が解かれる予定だ。

 そういう状況の中で、5月下旬に米国のCDC(疫病予防管理センター)は日本のコロナ感染状況について最高レベルの「極めて高い」と認定し、「ワクチン接種を終えた人でも変異株に感染し、感染を広めるリスクがある」と警告を発した。それを踏まえて、米国国務省は日本への渡航警戒を最高位のレベル4「渡航中止・退避勧告」に引き上げている。

 東京都がIOCと結んでいる「開催都市契約 」では、「大会中、関係者に発生したあらゆる症状について、無料で医療サービスを提供する義務がある」と明記されている。日本の医療体制は既に危機的状況にあるため、IOCが要求する無理難題にまともに応えることができるのであろうか? 一方、五輪開催を中止すれば、IOCは巨額の賠償金を請求するはずだ。

 東京五輪は開催しても中止しても、まさに「進むも地獄、退くも地獄」という恐ろしい事態に追い込まれる可能性が高い。ただただ一刻も早く平穏な日常生活が回復し、安心して旅行できる日の到来を祈るばかりである。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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