
安倍晋三首相が突然に辞任表明を行った。持病の潰瘍性大腸炎の悪化が直接的な辞任理由であるが、第2次内閣発足から7年8カ月がたち、連続在職日数が歴代最長を記録した途端の辞任表明だ。「偉大な宰相であった」という印象が希薄なままの辞任はさぞかし無念であろう。デフレ脱却を最優先課題としてアベノミクスを強力に推進したが、国民にとっては景気回復の実感が乏しいままにコロナ禍の直撃を受け、大混乱が生じている。
一方で野党の非力の故に国会での手続きを軽視し、強権的手法で問題だらけの法律(特定秘密保護法、集団的自衛権の行使を認める安全保障法制、共謀罪法など)を成立させた。安倍一強政権は憲法に基づく「立憲主義の原則」や「戦後民主主義の土台」を破壊し、日本の未来に大きな禍根を残したと見なさざるを得ない。
さらにモリカケ問題や桜を見る会問題に象徴される「権力の私物化」疑惑、公文書改ざん疑惑、官僚による忖度(そんたく)、隠蔽(いんぺい)体質など、強引な政権運営に対する批判は数多い。
安倍首相が最重要課題としてきたのは「憲法改正」であったが、実現しないままに辞任になった。首相は外交に最も注力し、「地球儀を俯瞰する外交」などを展開したが大きな成果を得ていない。トランプ米大統領とはいち早く友好関係を築いたが従米外交に強く傾斜し、プーチン大統領とは蜜月関係を築いたが北方領土問題解決はほど遠い。日中関係、日韓関係、日北朝鮮関係なども良好な外交関係の構築には至っていない。
安倍首相は東京五輪開催には執着したが、観光政策には大きな関心を抱いていなかった。現在の日本の観光立国政策は、自民党の二階俊博幹事長と政府の菅義偉官房長官が両輪となって推進しているために、安倍首相の辞任による影響は比較的軽微とみなされている。二階幹事長は自民党の実力者として君臨しており、菅長官は次期首相候補者の1人なので、政府の観光立国政策はそのまま継続される可能性が高い。
ただしコロナ禍の収束は容易ではなく、また国際情勢も極めて不安定であるために現実的には観光立国政策の大きな進展は期待できない。有効なワクチンの普及には数年を要する見通しであり、国際情勢も米中対立の激化により極めて不安定化している。11月の米国大統領選の結果次第では中国を巡る東アジア情勢は緊迫することになり、観光振興どころではなくなる。
新首相は就任早々から内政と外交の両面で極めて困難な国家運営を強いられるので、観光立国政策は停滞を余儀なくされる。経営面で苦境に立たされている観光関連企業は持続化給付金や雇用調整助成金などを活用して経営基盤の立て直しを図る必要がある。
されどポスト・コロナにおける日本観光の在り方は大きな変化が想定されており、観光立国政策の見直しが不可欠だ。特に日本各地における民産官学の協働による地域主導型観光の促進については強力なテコ入れが必要である。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)