日本では長らく自民党の国会議員が先住民族の存在を認めずに「日本は一民族国家だ」と主張してきた。現に今年1月にも麻生太郎副総理が「(日本は)2千年にわたって一つの民族」と発言して物議をかもした。
しかし、昨年4月に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が制定され、北海道などに居住するアイヌ民族が初めて法的に「先住民族」として明記された。
政府は約200億円の国費を投じて、北海道白老町ポロト湖畔に「アイヌ文化復興のナショナルセンター」と位置づける「民族共生象徴空間(愛称=ウポポイ)」を整備して、7月12日に開業した。政府は当初4月24日の開業を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえて2度の延期を経て、ようやく開業できた。愛称の「ウポポイ」はアイヌ語で「(おおぜいで)歌うこと」を意味している。
ウポポイは、北日本初の国立博物館となる「国立アイヌ民族博物館」、伝統的なコタン(集落)を再現して多様な体験プログラムを通してアイヌ文化を五感で楽しめるフィールドミュージアムとしての「国立民族共生公園」、各大学などが保管するアイヌ民族の遺骨を納めてアイヌの人々による尊厳ある慰霊を実現するための「慰霊施設」などから成っている。
中核施設の国立アイヌ民族博物館(佐々木史郎館長)では、言葉、世界観(自然観や死生観など)、伝統的な生活文化や生業、歴史、さまざまな民族との交流などが展示されている。
ウポポイは、札幌から約1時間、新千歳空港から約40分の好アクセスであり、政府はウポポイへの年間来場者数100万人達成を目指している。しかし、ウポポイを運営する公益財団法人アイヌ民族文化財団は、コロナ禍のために国立博物館への入館者数を1時間当たり100人程度に制限しており、見学希望者はあらかじめインターネットで来場日時の予約が必要である。
コロナ禍の発生以前に政府は今年の「訪日外国人旅行者4千万人達成」の目標を掲げていたので、ウポポイにも全世界から数多くの外国人ビジターの来訪が想定されていた。
政府はコロナ禍で冷え込んだ観光需要の喚起策の一環として「Go Toトラベルキャンペーン」を7月22日に開始する予定であるが、首都圏を中心にしてコロナ感染拡大が続いており、予断を許さない状況の中でのウポポイ開業になっている。
新型コロナウイルス感染症の病原は動物起源とみなされており、人間が自然を破壊し尽くした結果としてコロナ禍が生じたといわれている。アイヌの人々は本来、自然と人間の共生を大切にして、生きとし生けるものの命を尊んできた。ウポポイを単なる観光施設とみなすことなく、アイヌ民族の復権を支える施設であり、近代文明の功罪を冷静に考え直す場とみなすべきであろう。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)