【私の視点 観光羅針盤 202】地域社会の今後の行方 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 3年ぶりの参議院議員選挙が無事に終了し、予想通りに与党(自民党と公明党)が過半数を確保した。しかし改憲勢力は憲法改正の国会発議に必要な全体の3分の2を割り込んだ。

 参院選の焦点の一つは「地方創生」であった。安倍政権は「地方創生」を最重要課題と位置づけ、さまざまな政策を講じてきた。5年前に日本創成会議が「全国の自治体の約5割が人口減で将来消滅する可能性がある」と問題提起したことがきっかけだった。

 その結果、2020年に東京圏の転入者と転出者を均衡化する目標が掲げられたが、その達成は絶望的だ。北海道内の自治体の場合には約8割が人口減で将来消滅する可能性が指摘されているが、人口減に歯止めがかからず、地域衰退がさらに深刻化している。

 いま世界的に地域社会の重要性が注目を集めている。シカゴ大学のラグラム・ラジャン教授は現在56歳のインド人であるが、世界銀行の政策顧問、国際通貨基金のチーフエコノミスト、インド準備銀行(中央銀行)総裁などを経て、シカゴ大学経営大学院教授に就任。今年、「The Third Pillar(第3の柱): The Revival of Community in a Polarised World(対極的世界における地域社会の復権)」(Kindle版)を出版して世界の注目を集めている。

 世界的にグローバル化やイノベーションが進展する一方で、ポピュリズムや自国第一主義の台頭などによって民主主義の危機が生じる中で、危機打開のためには「国家」「市場」と並んで、第3の柱としての「地域社会」の復権が必要と明解に論じている。

 一方、7月に「ブルーチーズドリーマー:世界一のチーズをつくる」(エイチエス発売)と題する本が北海道で出版された。著者は伊勢昇平さん、39歳。

 著者は旧江丹別村(55年に旭川市と合併)の酪農家の次男として生まれたが、高校生までは牧草アレルギーや田舎コンプレックスのために親の仕事と江丹別が大嫌いであった。高校生のときに素晴らしい人との出会いがあり、一念発起して「世界一のチーズをつくる」という夢を抱いて、ブルーチーズ作りに専念。乳牛を育て、搾乳し、1人でチーズ作りに励んだが、失敗を重ね、試行錯誤を繰り返した結果、JAL国際線ファーストクラス機内食で採用され、現在はANA国際線ファーストクラスで機内食として手作りブルーチーズが提供されている。

 子どもの頃に田舎(江丹別)が大嫌いだった伊勢さんはいま江丹別を「世界一面白い村にする」という夢を抱いている。各地から仲間が集まりつつあるために、それぞれが江丹別の価値を高め合っていくことができれば、「世界一の村」という夢が実現するかもしれない。

 人口減が続く日本では地方衰退に歯止めを掛け難い。されど、伊勢さんのような有為の人財が存在するかぎり、日本の地域社会に未来のあることも事実だ。「地域社会が輝いてこそ、本当の観光が生まれる」ということを改めて気付かせてもらった。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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