【私の視点 観光羅針盤 139】インバウンド観光の波を地方創生に 清水慎一


 インバウンド観光の波は地方奥深く押し寄せている。ローカル線にまで、インバウンド観光客の大きなトランクがあふれて、もともとそんな想定をしていない駅や車内はスムーズに移動できないほどだ。しかし、総じてうれしい悲鳴というところだ。

 地方への波は数字で明らかだ。昨年の外国人の延べ宿泊者数は7800万人泊で、最高値に達するとともに、地方部の伸び率は3大都市圏を大きく上回った(観光庁宿泊旅行統計調査)。3年間平均でも、香川県や青森県が5割近く伸びるなど、地方の成長は著しい。

 また、地方への波はインバウンド観光投資にも現れている。ニセコや白馬だけではない。例えば、典型的なバブルの落とし子として名をはせ、11年前に破綻した新潟県のスキー場は韓国のロッテにより世界最高級のリゾートとして生まれ変わった。地元は大喜びだ。

 さらに、顕著な現象は観光地でもないひなびた田舎にも外国人が訪れることだ。福島県の只見線の冬景色を撮影に来る台湾、タイなどからの宿泊客は、柳津温泉など奥会津地域だけで1200人を超えた。風評被害に喘いでいる地域にとって干天の慈雨だ。

 じゃらんリサーチセンターの「2030年観光の未来需要予測」によれば、2022年には外国人観光宿泊客のシェアは5割に達するという。同時に、「田舎体験」「現地の人とのふれあい」など地域における特別な体験を求めるニーズは一層強くなる、と予測する。

 今後、地方への波は都市や観光地にとどまらずに、歴史や伝統文化に育まれた暮らしが残る田舎にまで押し寄せるのは、確実だ。その際留意すべきは、その効果や課題を地域全体でよく見極めて、住民の持続可能な暮らしの維持や質の向上につなげることだ。

 その取り組みで先行するのは、「千年のかくれんぼ」の尖ったブランド発信で、3万泊近い外国人宿泊客を獲得した「にし阿波観光圏」だ。地域連携DMOである一般社団法人そらの郷は、東祖谷栃の瀬小学校跡でフランスのツアー客と住民との交流プログラムを実施している。 

 また、西祖谷小・中学校の生徒は英語マップを作りガイドもする。近々、地元食材を活用した菓子やそうめんなどを「千年のかくれんぼ」マークで認定し、お土産として売り出す。これにより、にし阿波全体にさまざまなインバウンド効果を波及させる目論見だ。

 地域の奥深くまで押し寄せるインバウンド観光の波を着実に地域創生につなげるには、多様な住民や団体がDMOに結集し、主体的な観光地域づくりに取り組むことが何より大事だ。受け身のまま量的な拡大や投資に一喜一憂してはいけない。

(大正大学地域構想研究所教授)

 
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