【日本ふるさと紀行 50】佐賀市~政治・教育の大隈重信の故郷 旅行作家 中尾隆之

  • 2019年6月25日

近代化の偉才生んだ鍋島藩の城下町

 佐賀駅から南の佐賀城に向かって真っすぐのびる中央大通りを歩いていると、歩道に並ぶ人物像のモニュメントに足が止まる。佐賀が誇る幕末・維新に大活躍の偉人たちである。

 英明な10代藩主鍋島直正や副島種臣、江藤新平、大隈重信ら幕末・維新に活躍の佐賀の七賢人らそうそうたる顔ぶれだ。なかでも慕われている一人が、総理大臣や早大創立などで生涯活躍した大隈重信である。

 八太郎(重信)が武家屋敷地の会所小路の佐賀藩士・大隈家の長男に生まれたのは天保9年(1838)。

 生家は55坪の茅葺き平屋が旧宅として残るが、一部瓦葺きの2階は6歳で藩校弘道館に入学する折、増築した勉強部屋。母の思いつきか、眠気で頭が垂れると出っ張りが額に当たる仕掛けになっていて、ごっつん柱と呼ばれた。

 重信の生誕125年を機に建てられた敷地に建てられた記念館で年譜や文書、写真、パネルに見入った。

 展示によると、弘道館では成績優秀で学識を深めて、やがて佐賀藩の「葉隠」に基づく儒教思想に反発して17歳で退学。その後、蘭学寮で国学、長崎で英学を修め、30歳で上京して明治新政府に出仕する。

 13歳で父を亡くし、家計にゆとりはなかったが、自宅での友人の集まりや飲食、放歌高吟など母は少しも厭わなかったという。

 85歳の生涯で2度の総理大臣、5度の外務大臣など要職を請われて手腕を発揮。殖産興業、財政改革、鉄道建設、大学、女子教育など幅広い見識をもって日本の近代化に尽力した。東京で亡くなり、後日、日比谷公園で初の国民葬が行われた。

 鯱の門が残る佐賀城跡、ひいきの南蛮菓子・丸房露の鶴屋菓子舗、帰佐の折にしばしば泊まった古河銀行頭取の旧古賀家など重信ゆかりの場所を訪ねると日本の近代化の流れがほのかに見えてくる。

(旅行作家)

 ●佐賀市観光協会TEL0952(20)2200

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