業界がコロナ禍の嵐に突入して1年余り―この間、各旅館では変化の波に翻弄(ほんろう)されつつも経営、運営を「コロナ対応」にシフトさせてきた。しかし、やるべきことが十分やり尽くされたかといえば、そうであるところと、そうでないところがあると思う。その一つが「営業・休業の判断」だ。
お客さまが少なく、店を開けても出費がかさむだけだから休業すべし、とは一見もっともな判断だ。しかし、本当に休業がベストな選択かどうか、冷静に考えたい。
損益分岐点とは黒字と赤字の境目、すなわち売り上げが費用(固定費+変動費)とちょうど同じになる点の売上額だ。ご承知のように、旅館業は一般に固定費が高く、損益分岐点が初めから高いが、一方で変動費率は低い。
これが今どうなっているか…諸経費の切り詰め、さらに大きいのは、雇調金のおかげで、今や大半の旅館で「人件費のほとんどが変動費化」した。つまり今は、固定費レベルがだいぶ下がっていることになる。
「固定費が下がっているから休業しても損失は少ない」―それは確かにその通りだが…それでも固定費はそれなりにかかる。売り上げはゼロだから、その固定費分がまるまる赤字となる。対して営業している場合、売り上げは損益分岐点に届かないとしても、いくらかの収入が見込める。ここで比べてみよう。休業の場合の「固定費(マイナス)」と、営業の場合の「売上高―(固定費+変動費)」とで、どちらのマイナス幅が大きいか―単純に考えれば次のようになる。
営業の場合の収支―休業の場合の収支={売上高―(固定費+変動費)}―(―固定費)=売上高―固定費―変動費+固定費=売上高―変動費
これだけを見れば、売り上げがどんなに少なくとも「売上高―変動費」の分だけ、営業している方がマイナス幅は小さくなるはずだ。ただし話はそれほど単純ではない。「営業する・しない」で暖房や給湯などの光熱費は全然違う。
また、調理場などは、お客さまが少ない場合でもそれなりの人員で対応する必要がある。つまり「営業する・しない」で固定費そのものの水準が変わってくることを考慮に入れなければならない。
少し複雑になるが、休業の場合の固定費を「固定費(1)」、営業の場合の固定費を「固定費(2)」、このうち営業することで上乗せされる分を「A」とすると、前の算式はこうなる。
営業の場合の収支―休業の場合の収支={売上高―(固定費(2)+変動費)}―(―固定費(1))=売上高―(固定費(1)+A)―変動費+固定費(1)=売上高―変動費―A…これがゼロより大きいか小さいか。つまり「売上高―変動費」がA(営業することによる固定費増加分)を上回る見通しであれば、営業した方がよい、ということになる。そしてこの売上額を客数に置き換えるのだ。
念のため付け加えておくが、人件費が変動費になっていることで、変動費率(通常は売り上げの30%前後)が高くなっていることも頭に置いておく必要がある。
営業を続けてもほとんど来客が見込めない地域、あるいは一体となって自粛方針を打ち出している地域もあるかもしれない。だがそうでないなら、面倒かもしれないがソロバンをはじいてみることをお勧めする。
(リョケン代表取締役社長)