【専門紙・誌4社共同企画 地方創生が生み出す未来】神山町(徳島県)


町中に展示される「KAIR」で制作された作品

若者世代の定住へ、住まいや仕事づくり

アーチストやサテライトオフィス招致も

 観光経済新聞、塗料報知、農村ニュース、ハウジング・トリビューンの4紙誌は、2022年共同キャンペーン「地域から元気を 地方創生が生み出す未来」を展開しています。今、各地で芽吹いている地域活性化の動きを、観光業、農業、住宅・建設業などの視点でレポートします。

 「消滅可能性都市」の危機を乗り越え、2060年以降も3千人を下回らない人口を維持しようと、さまざまな取り組みを進める徳島県神山町(かみやまちょう)。2019年度に転入者数が転出者数を上回る8年ぶりの社会増。翌2020年度は過去最高の転入者数を記録するなど、その取り組みは着実に成果を上げている。

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 神山町は徳島県のほぼ中央。県庁所在地の徳島市内から車でおよそ1時間の自然豊かな町だ。面積は173.30平方キロと、山手線の内側のおよそ3倍。ここに2417世帯、4941人の人々が暮らす(3月1日現在)。

 町の中央を横断するように吉野川の支流、鮎喰川(あくいがわ)が流れ、この河川に沿って集落と農地が点在する。その周囲は町の面積の86%を占める標高300~1500メートル級の山々で、戦後に植林された杉、ヒノキが茂る。町の木にも指定される杉は「神山杉」と呼ばれ、良質な建材と評価が高い。

 農地ではさまざまな農産物が生産されるが、特筆すべきはスダチ。徳島県が生産地であることは広く知られるが、中でも神山町は年間1119トン(2020年度)と全国一の生産量を誇る。気候と土質に恵まれていることが要因という。また、梅も神山町を代表する農産物で、こちらの生産量は県内一。これらを使った飲料や梅干しなどの加工品も町内で製造、販売され、人気が高い。

 町には四国八十八箇所巡りの12番札所、焼山寺(しょうさんじ)があり、札所巡りのお遍路さんが訪れる。山の中腹にあり、八十八箇所の中でも難所の一つとされるが、現在は自動車道が開通し、旅行会社のツアーで訪れる参拝客も多い。

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 神山町は2015年、「まちを将来世代につなぐプロジェクト」と題した町の創生戦略を発表した。2016年度から2020年度までの第1期を終え、現在は2021年度から2025年度までの第2期に着手している。

 プロジェクト策定のきっかけの一つは日本創成会議が2013年に発表した「消滅可能性都市全国ランキング」だ。若年女性人口(20~39歳)の2040年推計値を2010年の数字と比較したところ、減少率が大きい自治体のランキングで、神山町は全国およそ1700市区町村の中でワースト20位にランクされた。

 「このまま放っておいては町が消滅してしまう」。危機感を抱いた町は、国の「まち・ひと・しごと創生法」の施行も機に、独自の戦略を策定することになる。

 目標とするのは2060年以降も3千人を下回らない人口を維持すること。かつ、小中学校の各学級人数を20人以上にすることだ。人口減少の流れには逆らえないが、将来にわたり一定数の人口を維持することを目指す。そのためには、人口構成の中身を変える必要がある。子どもを産み、育てる若者世代に住んでもらわなければならない。総人口とともに小中学校の学級人数も目標に置いたのはそのためだ。

 プロジェクトでは「すまいづくり」「ひとづくり」「しごとづくり」「循環の仕組みづくり」「安心な暮らしづくり」「関係づくり」という六つの施策領域を設定。それぞれ具体策を展開し、若者が安心して暮らせる住居や職の創出を目指した。

 成果を上げた一つが「大埜地(おのじ)の集合住宅プロジェクト」だ。閉鎖された中学校の寄宿舎跡を再開発。入居対象を「高校生以下の子どもと同居している世帯」「40歳未満の単身者」など、若い人たちに限定した住宅を造った。

 神山町には600軒以上の空き家が点在するが、使える物件は必ずしも多くない。多くで老朽化が進み、町の補助制度はあるものの、人が住めるまで修理をするのに多額の費用がかかる。いきなり一戸建ての空き家に住むのも心理的なハードルが高い。アパートなど民間の物件も少ない。町が集合住宅を建設したのは、これらの難点を解消するためだ。

 住居は家族向け18戸と単身者向け2戸の合計20戸。木造住宅で、建材は地元神山町の杉とヒノキをふんだんに使っている。さらに施工は町内の工務店に請け負ってもらった。地元の資源をフルに活用することで、域内経済の好循環を図るとともに、地元産業の育成を目指した。住宅には「鮎喰川コモン」と呼ばれる公共施設を併設。住宅は町内で仕事をする人や徳島市内に通勤する人などで満室状態が続いている。

 もう一つ、成果を上げているのが「フードハブ・プロジェクト」だ。町の農業を守り、育てるとともに、雇用の創出や食文化の継承、町内経済の活性化を図ろうという取り組みだ。町や民間が出資した新会社「フードハブ・プロジェクト」を設立。地元の食材を活用したランチを提供するレストラン「かま屋」を2017年に開業した。食材は町内各地に点在する農地や耕作放棄地を同社が借り上げ、生産した米や野菜、小麦、果実など。農薬や化学肥料を使わず育てたものが中心だ。店はそのヘルシー志向が受けて町内外の人々が連日列をなしている。

 プロジェクトを町と両輪で進めているのが一般社団法人神山つなぐ公社だ。2016年にプロジェクト推進のため設立された組織。「行政は既存の仕事を抱え、新しいことに取り組むのは限界がある。承認プロセスが多く、スピード感がないなどの弱みもある。これらの弱点を補うのがわれわれの役目だ」と、役場出身で公社の代表理事を務める馬場達郎氏は話す。

馬場氏

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 神山町が地方創生に取り組む土壌は1990年代から育まれていた。

 町の小学校に戦前の米国から贈られた人形が保存されていた。米国への留学経験があった当時のPTA役員、大南信也氏の目にとまり、人形の里帰りを発案。送り主の町、ペンシルバニア州ウイルキンスバーク市の市長に手紙を送ったところ、半年後に送り主が見つかったとの連絡があった。これを機に神山町と海外との交流が始まった。1991年のことだ。

 翌年、大南氏ら有志は「神山町国際交流協会」を設立。ネイティブの英語教師「ALT」に日本文化を知ってもらう研修事業を町に誘致する事業を始めた。

 1997年は徳島県による「とくしま国際文化村プロジェクト」が立ち上がり、協会は「芸術と環境を柱にした事業」を提案。始まったのが現在も続く「神山アーティスト・イン・レジデンス」(KAIR)だ。

 KAIRは、国内外のさまざまな分野のアーティストを町に招請。1~2カ月滞在してもらい、町民の協力で作品を制作してもらうとともに、完成した作品を町中に展示する企画だ。体験を通してアーティストに町のファンになってもらい、将来の移住につなげることや、住民が普段触れることの少ない分野の人々と触れ合うことで、新たな発見や価値観を享受できることを目指した取り組みだ。

 「NPO法人グリーンバレー」に改組した協会は、続く2008年、KAIRに続く新たな取り組み「ワーク・イン・レジデンス」をスタートさせる。

 町中の使える空き物件を、「町にない職業の人」「町にない仕事を作ってくれる人」など、「町にとって必要な人」に紹介するマッチング事業だ。町の移住相談窓口が、アーティストらの招請に実績のあるグリーンバレーに移管されたことで実現した。

 アートの情報を世界に発信しようと、ウェブサイト「イン神山」を2008年に立ち上げた。ただ、アーティストに向けた空き家の物件情報がアートの情報に比べて数倍のページビューを稼ぐようになった。「観光地でも、企業城下町でもない神山の空き物件に興味がある人が全国にこんなにいる」と、ニーズが顕在化。事業を始動させた。事業を通じてフレンチレストランやコーヒー焙煎所、サテライトオフィスなど、さまざまな事業者が神山町に進出した。

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 「神山はアーティストのような面白い人たちが移住していたり、光ファイバー網が整っていたりする。ネット環境は渋谷よりもいいかもしれない」。

 神山町で古民家の改修を手掛ける旧知の建築家から同町を知り、町にサテライトオフィスの第1号を開設したのが名刺管理サービスを手掛けるSansan(本社・東京都渋谷区)の寺田親弘社長だ。以来、口コミで神山の評判が伝わり、現在までに16社のサテライトオフィスが同町に集結している。川に足を漬かりながらノートパソコンの画面を見て会社のリモート会議に参加する。そんな若者の姿がメディアで紹介されたことも大きな反響を呼んだ。

 神山町は町内全域に光ファイバー網が整備されている。テレビがアナログから地上デジタルに移行する際、大阪から発信されていた電波が受信できなくなると、必要性に駆られて徳島県が県の全域に敷設したものだ。加えて神山町は他の市町村に先駆けてフリーWi―Fiスポットを町内各地に整備した。これがサテライトオフィスを誘致する上で大きなセールスポイントとなった。

 町のランドマークともなっているのが放送・配信関連事業を手掛けるプラットイーズ(本社・東京都港区)のサテライトオフィス、「えんがわオフィス」だ。築90年の古民家を改修したオフィスの中に、外観とは対照的な最先端の映像機材やモニターを装備。町内に移住した若いスタッフらが働いている。建物はその名の通り、広い縁側が特徴的で、町民がくつろぐ憩いの場として同社のスタッフ以外にも広く開放している。

 町内にはコワーキングスペース(共同の仕事場)も整備されている。2013年にグリーンバレーが開設した「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」だ。空き家になっていた縫製工場を改装。共同スペースと個室のワーキングスペースがあり、1時間の時間貸しから月契約まで多彩な使い方ができる。サテライトオフィスを構える前の”お試し”としての利用も多いという。

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 神山町は2019年度、転入者が転出者を4人上回る、8年ぶりの社会増を実現させた。翌2020年度も転入者が27人上回る2年連続の社会増を実現。27人という数字は統計が残る1966年度以降で最多という。
町では現在、新たな大規模プロジェクトが進められている。来春の開校を目指す高等専門学校「神山まるごと高専(仮称)」の設立だ。

 高専は学校教育法でも定められた5年間の高等教育機関。高度経済成長を支えるエンジニアらの育成を目的に国内で国公立54校、私立3校の合計57校が創設されている。その58校目、私立では4校目を神山町に開校する。
従来の高専と異なり、「経営スキルを学んでもらい、力を持った企業人材、そしてアントレプレナー(起業家)を育てる」ことを目標とする。

 神山町にサテライトオフィスを構えるSansanの寺田社長が「(米国の)シリコンバレーのような場所を日本でも作りたい」との思いを込め、私財を投入。投資や寄付、町のふるさと納税などで21億円余りの開校資金を集めた。

 1学年40人の全寮制を予定。「町に残って自ら事業を起こすような力のある人材を育成して、過疎の町を変えていきたい」。設立メンバーの1人でもあるグリーンバレーの竹内和啓事務局長は話す。

竹内氏

 

 
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