【寄稿】旅館業法改正の注意点 日本旅館協会政策委員長・旅館経営者 永山久徳

  • 2022年10月13日

旅館業法改正の注意点

日本旅館協会政策委員長・旅館経営者 永山久徳

 臨時国会で、厚生労働省より旅館業法等の一部を改正する法律案が成立する見通しとなった。相応な理由があっても法律上宿泊を断れないことで宿泊業界を長らく縛り付けていた「第五条」にも手が加えられる。しかし、報道で「マスク着用を拒否すると宿泊拒否される」といった極端な表現が成されるなど、変更点を正確に理解するのは難しい。私なりに改正のポイントと注意点を整理する。

 

特定感染症の定義と、その国内発生期間中の宿泊者への感染防止対策の協力の求め

 これまで、第5条における宿泊拒否をしても良い理由の一つ、「伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められる」が漠然としており、はしか、天然痘など外見的な伝染病でもなければ宿泊施設の従業員が判断できるようなものではなかった。改正法では一類感染症、二類感染症、新型インフルエンザ等感染症、(入院、療養を要する)指定感染症、新感染症を「特定感染症」と総称し(第二条第六項を改正)、その国内発生期間に限り、宿泊客に協力を求めることができると定められる。

 具体的には、発熱などの症状が出ているが特定感染症かどうか判断できない場合、宿泊事業者が宿泊可否の判断の材料として、医師の診断結果やその他の検査結果などを求めても良いことになる。

 また、客室からみだりに出ないこと、大浴場など付帯施設の利用をしないことなどの協力を求めることも可能となる。(もちろん、特定感染症であることが明らかになった宿泊客も同様だ)

 症状を呈していない宿泊客について、検温や、健康状態の告知、マスクの着用なども、協力を求めることが政令上で可能になる。そして、「宿泊しようとする者は、宿泊施設から上記の協力の求めがあった時には、正当な理由が無い限り、その求めに応じなければならない」(第四条の二を改正)と規定される。ここが本改正の最大のポイントだ。

 何をいまさらと思われるかもしれないが、これまで宿泊客に対してお願いしてきた検温などは全く法的根拠がなく、「嫌だ」と言われたらそれまでだった。なので、マスク着用についても、法に基づかないあくまでマナーとしてのお願いに過ぎなかったのだ。「協力のお願い」であることは変わらないが、宿泊施設に一定の権限を付与する形となる。

 

特定感染症の国内発生期間とは

 しかしながら、宿泊施設に与えられる上記の権限は常時有効なものではなく、感染症が発生している期間のみ発動する設計であるため、その発生期間の定義も重要となる。(第四条の二を改正)

 基本的には、感染症が「発生した旨の公表」が行われたときから「発生がなくなった旨の公表」が行われるまで、または感染症法の規定から外れた時まで、入院や療養を要する規定がなくなるまで、となる。

 

第五条はこう変わる

 最も興味があるのはこの部分だろう。まず、現行の五条と改正後のそれを比較して欲しい。

(現行)

第五条 営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。

一 宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかつていると明らかに認められるとき。

二 宿泊しようとする者が とばく 、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき。

三 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。

 

(改正後)

第五条 営業者は、左の各号のいずれかに該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。

一 宿泊しようとする者が特定感染症の患者等であるとき。

二 前条第一項の規定による協力の求め(同項第三号に掲げる者にあつては、当該者の体

温その他の健康状態その他同号の厚生労働省令で定める事項の確認に係るものに

限る。)を受けた者が正当な理由なくこれに応じないとき。

三 宿泊しようとする者が賭博、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれが

あると認められるとき。

四 宿泊しようとする者が、営業者に対し、その実施に伴う負担が過重であつて他の宿泊

者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求を繰り

返したとき。

五 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。

 

 一項と二項は前述の特定感染症に対する権限を担保するものだ。宿泊施設からのお願いに宿泊客が「正当な理由なく」応じない場合は拒むことができるというものだ。

 特筆すべきは四項の追加だ。これまで、五条の存在を知り、それを悪用する宿泊客がいたことは否定できない。すなわち、「法に触れない限りどんな要求をしても追い出されることは無い」と知ってしまったクレーマーの存在だ。これにより、店と客は対等であり、双方に契約の自由があるとする民法の概念と相反していた、また、ある意味一方的に宿泊施設側の権利を奪っていたとされる五条の問題点が一部ではあるが解消されることとなる。

 

第六条も変わる

 これまでは、宿泊者名簿に氏名、住所、職業の記載義務があったが、今回の改正でようやく職業が除外されることになった。個人情報の扱いが難しくなった今、職業を知ることへの意味が見出せないため、実際の宿帳でも記載されることはほとんどなかった。それなのに保存義務が宿泊施設に課せられているのはどうにも気持ち悪かったので、当然の改正といえる。

 一方で連絡先の記載が追加された。代表的な連絡先である電話番号はこれまでの宿帳でも記入を求めることが多かったので法律が追い付いた形となる。食中毒や感染症などが発生した場合、宿泊者に迅速な確認を取るためにも正しい連絡先を知っておくことは重要だ。実効性はともかく、罰則義務もあるので、正確な記載を求めることが可能になったことは評価できることだ。

 

事業譲渡による旅館業の営業者の地位の承継に関する事項

 これは文字通り、宿泊施設が売却などで事業譲渡された場合、都道府県知事の承認があれば営業者の地位を承継することを認めるもので、これまでも事業譲渡後に再度営業許可を取得するために過大な提出資料や再審査を求められていたケースに対する改善だ。これにより、スムーズな営業許可の継承が可能になることが期待される。(第三条の二)

 

必要な研修の機会の付与

 今回の旅館業法の改正において最も抵抗があったのが障害者団体から、差別的な宿泊拒否が横行するのではないかという懸念が示されたことだ。もちろんそんなことはあってはならないし、過去生じたいくつかの事件もリフトが無いなど施設の設備の問題や、運営者の認識不足から生じたものであったことから、研修の機会を与えるように努めなければならないとの一文が加えられる(第三条の五)

 

今回の改正の積み残し、問題点

 以上が改正のあらましだ。しかし、この改正はその題目が「新型コロナウィルス感染症等の影響による情勢の変化に対応して生活衛生関係営業等の事業活動の継続に資する環境の整備を図るための旅館業法の一部を改正する」ものであるため、新型コロナを過度に想定したものになっている感がある。積み残した点、問題点を記しておきたい。

①平時の感染症に対応できない

 今回規定された「特定感染症」だけではなく、平時も多くの感染症が発生し、宿泊施設に持ち込まれる可能性がある。これまでの第五条で想定していた「はしか」など集団発生が危惧されるものや、ノロウィルスのように集団発生すると営業停止の可能性のある伝染病から、宿泊施設は他の宿泊客や従業員を守らなければならない。

 しかし、今回の改正ではむしろ「特定感染症」以外の伝染病は宿泊拒否の対象から外されることとなった。もちろん、宿泊施設は医療機関ではないので、伝染病患者であるかどうかの判断をすることはできないが、例えばトイレに籠り、明らかに体調の悪そうな宿泊客に医療機関の受診を促しノロウィルスの検査をお願いしたり、通常のインフルエンザ流行期に咳き込む宿泊客にマスク着用をお願いしたりといった、当たり前に起こりうるケースに対して、むしろノーガードになってしまったことは問題であり、今後の検討課題とすべきだ。

②特定感染症になるまでのタイムラグ

 例えば、現在世界で不安視されているいわゆる「サル痘」は特定感染症ではないので、渡航地域や症状が感染者と酷似していれば宿泊施設としては警戒せざるを得ないのだが、改正法においても我々には調査権はおろか不用意に質問することも許されない。事実上自己申告を待つのみだ。今後新しい感染症が発生しても、国が「特定感染症」と定義するまでの期間、我々はノーガード状態となる。上記の定義では「発生した旨の公表」があった時が、宿泊施設への権限付与のタイミングとなるのだが、実際の運用がどうなるか想像がつかない。逆に、権限が終了する時も、今回の新型コロナで言えばいわゆる「二類から五類」に変更された時点で、我々は検温や健康状態を伺う権利を失ってしまう。濫用防止のための時限ルールとはいえ、運用面を考えるとここまで限定的に過ぎるのはいかがなものかと思う。

③カスハラにも対応

 今回追加された五条四項について、「その実施に伴う負担が過重であつて他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求を繰り返したとき」とあり、上述のようにクレーマー、カスタマーハラスメント対策としてはある程度の効果が期待できるが、実際に運用するのは難しそうだ。従業員にカスハラをされても、それが「他の宿泊客の宿泊サービス」に影響を及ぼすものでなければならず、例えばレストランでスタッフが暴言を受けても対象外になりそうだし、フロントで理不尽な要求を繰り返されても、他のスタッフが他の宿泊客の応対ができている限り該当しない可能性がある。これについてはガイドラインや判例の積み重ねが必要となるだろう。

 

まとめ

 アメリカでは「We reserve the right to refuse service to anyone」と書かれた看板やシールが店舗の入口に掲示してあることが多い。客を断る権利は例外なく店側にあるという宣言文だ。日本にも民法において「契約自由の原則」が謳われている。旅館業法第五条はこれらの権利と根本的に矛盾する「一方通行の契約」を強いるものであり、改正というよりは削除を求める声が大きかったことも事実だ。実際ここで書かれていた例外規定は、公衆衛生、公安に関係するものと、満室時という極めて当たり前の事項だけだ。

 第五条を存続させるのであればその文章の方向性を逆転させ、「契約自由の原則を制限する場合」を定義するものであるべきという意見も強かった。すなわち、差別禁止の再確認や宿所の無い人の保護などを義務付けるものでも良かった。それが条文の追加変更という形で改正されるのであるから、すっきりしない部分が残ったことは致し方ない。改正後の運用をしっかり見極め、新たに生じる問題点についてしっかりと把握した上で更なるアップデートを目指すべきだ。

 
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