【寄稿】新型コロナウイルス、われわれは何を学んだのか、これから何をすべきなのか 観光品質認証協会統括理事 北村剛史

  • 2021年7月14日

北村

北村氏

ウイルスの知識しっかり持つ

地域で安全性の取り組みを実践

 新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、まったく予期しない大災禍となった。世界では、100人当たり約13.2回の接種、日本と同じくmRNAワクチンを進めているイスラエルでは100人当たり約26.8回の接種回数から新規感染者数がピークアウトし、上昇局面から減少局面へと反転した。使用するワクチンの種類による影響もあってか、その後に再度感染者数が上昇に転じている国も見られ、依然混沌(こんとん)とした状況とも言えるが、mRNAワクチン接種国では総じて大きな効果が見られている。

 わが国ではmRNAワクチンを使用し、6月23日時点で既にようやく100人当たり接種回数で約27回を超えた。ワクチン接種も進む中、ようやくアフターコロナ市場が目前となり、出口が見えてきたのではないか。今回は、これまでの体験を整理し、次世代につなぐべく観光および宿泊業界が未曽有の大災禍に対して取り組んだ内容、そして見えてきた課題点、それらを踏まえた今後の対策について整理しておきたい。

 コロナウイルスに関連する今日までの経緯を、少し振り返ってみたい。「中国から報告されたコロナウイルスについて、ちょっとケアしておいた方が良い」、2020年1月暮れ、国内で初の感染者が報告されてからしばらくたってから、弊会サクラクオリティ本部にそのような声が届いた。弊会マーク(サクラクオリティ)が、「安全・安心」をブランディングしコンセプトとしていた観光圏およびDMOなどとの共同品質認証制度であることから、「念のため」専門家から意見を聞くこととした。その後、ダイヤモンド・プリンセス号での新型コロナウイルスに対する防疫対策を報道で横目に見ながら、さまざまなルートをたどってワクチン開発研究者、ウイルス感染症臨床医師、消毒専門家、大学教授など高度な知見を有する皆さまから意見をいただいた。

 当初は、ヒト・ヒト感染はないと言われていたが、一方でその感染力や高い伝播(でんぱ)性が既に予見されていたことから「徹底して準備」しておいた方が良いとの助言を受けた。私自身もそれがどういう意味なのか全く見当が付かないまま、今回のウイルスに関する調査研究を開始したのがその頃だ。安全安心マークであるサクラクオリティ認定施設にできるだけ有用な情報を伝えなければという想いで「N95マスク」の意味も分からないまま着用して、感染者受け入れ施設に赴いた。その際の、未知のウイルスに対して感じた恐怖はいまでも鮮明に覚えている。

 その後、5月14日に宿泊施設向けガイドラインが提供された。弊会では組成した上記感染症対策委員会の先生方のご協力を得て、その後16日にサクラクオリティ実践ガイドラインを弊会認証の皆さまだけではなく、広く宿泊事業者に提供した。

 今回の敵は、RNAという4種類の塩基でコードされた遺伝子が約3万個連なって遺伝情報である「ゲノム」を有し、それをカプシドというタンパク質の殻で保護した粒子。DNAは、遺伝情報の保存に適する構造である一方、RNAは情報の運び屋として機動性は抜群だが、コピーミスが多い代物だ。遺伝子の外には脂質の膜を持ち、この脂質の膜がヒトの細胞と接することで感染が生じている。この膜を破壊することで感染を防御できる。その代表例がエタノールとなる。

 ウイルスの構造自体はいたって単純なのだが、感染機構は恐ろしく複雑だ。遺伝情報を司る塩基配列がそのままアミノ酸、さらにはタンパク質に翻訳できる配列になっており、タンパク質への合成に必要な構造を既に備えている。その結果、細胞に感染すると即座に自身の遺伝情報全体をコピーする上で必要な酵素を蛋白合成(翻訳)することができる。基本的にヒトの細胞でできることはそれに頼り、できないことのみ、自身で最低限必要な機能は完璧に確保しておくという何とも狡猾(こうかつ)な仕組みには驚かされる。ACE2と言われる入り口だけではなく、複数の感染機構が判明しており、それらが固有の病理性につながる。

 このウイルスの病理性の恐ろしい点は、エボラ出血熱のように、ヒト細胞内での自然免疫をシャットアウトすることで、過剰な免疫物質(サイトカイン)を導くことから大きな炎症を引き起こすこと、エイズウイルスを彷彿(ほうふつ)とさせるリンパ球にまで感染することが判明しているなどなんとも大胆な振る舞いを見せている点だ。

 その感染性や伝播性、病理性が徐々に明らかになった。ウイルスがどのように人体細胞内に入り、そして細胞から出ていくのかという「生活環」が明らかになるにつれ、ワクチン開発や効果が見込まれる既存薬剤もピックアップもされた。強敵に対抗するmRNAワクチンは、2002年のSARSウイルスから研究が進められていた背景もあり、驚くべき速さで準備された。

 特に新型コロナウイルスでは、多様な感染機構が特徴の一つでもある。既に少し触れたが、感染細胞側の入り口の役割を担うのはACE2受容体だけではない。受容体に関係なく細胞に取り込まれるルートや、Integrinという成分と結合して入り込むルート、リンパ球にあるCD147という受容体や神経細胞につながるNRP1受容体と、さまざまな受容体を使用していることが判明している。多彩な感染機構がさまざまな病理性につながっているのだ。中でも恐ろしいのは、人体遺伝子に一部取り込まれること、細胞間コミュニケーションツールであるリン酸化をハイジャックしていることなどその脅威は知れば知るほど計り知れない。

 感染対策の中心は、飛沫感染対策と接触感染対策だった。その後、環境によっては、エアロゾル感染対策も重要となった。さらにデルタ株(報告国・インド)には、ソーシャルディスタンスとしてこれまで2メートル前後が必要とも示された。

 さまざまなガイドラインでは、例えば「エタノール濃度70%以上」など示されたが、実際に使用しようとすると、成分表を見ないとエタノール濃度が分からず、また成分表の大半の表記が、重量比(Wt%)で記載されていることから、その重量濃度が先の70%との関係に関する知識が前提となっている。実際には、70%以上というのは容積%でVol%であり、エタノールの比重の関係で重量濃度とは一致しない。重量濃度ではおよそ62.44%(Wt%)あれば、おおむね容積%で70%(Vol%)に該当する。また、エタノール以外の消毒薬を客室消毒で使用しているケースも多く、それが本当に新型コロナウイルスに対する失活効果があるのかを判別しつつ実施するには、高度な専門知識が要求される。

 このように、接触感染対策は、消毒を中心とするが、適切な薬剤が使用されているかというと、濃度の問題、薬剤選択の問題など大きな課題が散見された。

 実際に感染対策サポートに各地に赴くと、さまざまな顧客接触部位に、タンパク質や油成分の汚れが堆積しており、感染症対策の消毒を行う前に、奇麗にしておく必要がある、でないと効果が薄れるであろうと思われる事例が大変多く散見された。いくら消毒しても、そもそも汚れが残っており、消毒効果が十分に発揮できると思えない状況が多いということだ。

 飛沫感染については、施設内でマスクをとるシーン、そこで大声を上げるか否か、滞在時間がどれほどかを把握した上で、アクリル板を含めた適切な設えが求められる。

 エアロゾル感染については、設備的換気力の確認が必要であり、30立方メートル/人・h以上が求められるところ、対象空間ではいったいどれほどの1人1時間当たり換気量(立方メートル)を有しているのかを正確に把握していない施設があまりに多い状況だ。

 今回の感染症拡大防止対策は、もはや一時的な問題ではない。今後もH1N1鳥インフルエンザウイルスがいつ来るか、その他新たなRNAウイルス脅威がいつアウトブレークするか、全く分からない環境になった。幸甚に今回の新型コロナウイルスは恐ろしく強敵であり、ウイルスに対する防御方針も学んだ。今回に対応できたならば、今後万一が生じても必ず順応できるはずだ。

 ここで今回のコロナ禍で学んだこと、今後の重要な取り組みを整理すると大きく三つとなる。

 まず、ウイルスに関する知識をしっかりと持つということ。ウイルスがどのように人体に感染するのか(感染機構の問題)、細胞内でどのように自己を複製し(感染増殖の問題)、それがどのような病理性として表面化するのか(病理性の問題)、またそれに対して人体はどのように防御しようとしているのか(免疫機構の問題)、それらを理解した上で、どのようにわれわれは自らを守ることができるのか、そして地域の玄関口である宿泊施設の現場でできる最善の防疫策とはどのようなものなのかを知りかつ実践することの重要性を改めて学んだ。

 次に、今回のウイルスに関する脅威を俯瞰すると、そこには人類の経済活動を優先した行動の結果であり、自然生態系および生物多様性を毀損(きそん)したことが背景に挙げられる。つまり、感染症対策は自然生態系と生物多様性を尊重する姿勢を伴ってはじめて完備することとなるという点だ。リスクを冒して観光するということはないだろう。つまり、宿泊施設をはじめ、受け入れる地域全体で安全性に関する取り組みを実践しその事実を正確に情報発信していく必要がある。

 最後に、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックは、あまりにその影響が大きく、インバウンド渡航が再開すれば、即座に観光・宿泊市場が正常化するとは容易には考えられない。地域に対して、どのような感染対策を継続して実施しているのか、地域の安全拠点としての責務を果たそうとしているのかを明確に示す必要がないと、地域が安心できる仕組みを構築せず、観光再開は困難になるであろう。

(日本ホテルアプレイザル代表取締役、観光品質認証協会統括理事、不動産鑑定士、MAI、FRICS、CRE)

 
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