【寄稿】ポストコロナを統制の世ではなく自由の世にするために 日本国際観光学会 会長 島川 崇


島川会長

 4月から勤務先を変えた。神奈川大学に新設された国際日本学部である。ここに新しく観光文化コースを設ける。神奈川大学の観光研究・教育は、人文学をベースに推進していくところに、これからの観光の新たな地平を開く可能性を強く感じている。

 神奈川大学が私に課した講義科目は、「人文観光資源論」。観光を人文学から捉え直す試みの意義を学生に伝えていく科目である。

 人文学が花開いたのは、14世紀のイタリアからである。それまでの長い中世は、教会が絶大なる力を持ち、普遍的な権威を有した。権力は教会に集中し、規律が求められた。

 その教会の権威がほころんだ大きな要因の一つとして、ペストの流行が挙げられる。ペストを前に、教会は無力であるだけでなく、誤った方向性を示し、人々はその権威を疑問視するようになった。そこで、地中海貿易で財を得た市民が、人間の可能性を信じ、一人一人の人間を大切にした古代ギリシア・ローマ古典に範を求めた。これが人文学の始まりである。

 思い出してほしい。コロナ流行前、中央集権的リーダーシップを求めていなかったか。観光の世界では特に、無意識のうちに自由よりも統制を求めていなかったか。目先の補助金に目がくらんで、自由をいとも簡単に手放してはいなかったか。自分がやりたい信念よりも、ビッグデータに基づく統一的な解に対してひれ伏していなかったか。かつて観光は外部リスクに脆弱(ぜいじゃく)な産業だと思われていたのに、いつの間にか乱高下なく、倍倍で伸びていくとなぜ疑ってなかったのか。歴史にもヒントが多く存在するのに、それを研究する学問を古くさいとないがしろにした。人の言うことに黙って従うほうが楽チンに決まっている。自由は自分を律することと表裏一体なので、実は楽チンではない。でも、それでも自由を持ち続けるためには、人間の力と良心を信じ、一人一人が考え続けないといけない。それを追求するのが、人文学だ。

 コロナへの対応で、統制への志向が、市民から出てくることへの危惧の念を私は抱く。

 そう言えば、ホテル王と言われたセザール・リッツがこれだけの名声を得たのは、コレラが流行し、壊滅的な打撃を被ったときに、清潔こそ顧客が最も求めている点だとして、制服を1日何回も着替え、共同だったバスルームを部屋ごとに設置するなど、斬新な工夫をしたからだった。新しい世を作るのは、統制に頼る心ではないことを歴史が訴え続けている。

(日本国際観光学会会長・神奈川大学国際日本学部教授)

島川会長

 
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