【学術×現場 17】ホスピタリティとは「配慮行動」のことである 福島規子


 いつの頃からか、店舗スタッフが来店客に対し「いらっしゃいませ。こんにちは~」と声をかける接客スタイルが定着しはじめた。正直、「いらっしゃいませ」という挨拶に、さらに挨拶語の「こんにちは」を重ねるくどさに違和感を抱いている。

 そもそも「いらっしゃいませ」が使われるようになったのは、江戸時代中期~後期といわれている。NHK「チコちゃんに叱られる!」(22年3月18日放送)に出演した明治大学齋藤孝教授によるとそれ以前は、お客を迎えるときは「おいでなさいまし」と言っていたらしい。だが、徳川家康が日本橋から京都を結ぶ492キロの東海道五拾三次を整備すると、東海道沿いには約3千軒の宿が立ち並び客引き合戦が激しくなってきた。そこで、それまで使われていた「おいでなさいまし」よりも「いらっしゃいませ」のほうが、威勢がよく活気にあふれていることから「いらっしゃいませ」が声高に叫ばれるようになったという。

 ちなみに、「いらっしゃいませ」は「来る」の代替式尊敬語「いらっしゃる」に、丁寧語「ます」の命令形「ませ」がついたものなので本来は、「いらっしゃりませ」なのだが「り」が言いにくいことから「いらっしゃいませ」に変化したと考えられる。一方、浮世絵師、歌川広重も「留女(とめおんな)」と呼ばれた女たちが旅籠へ客を引く様子を「東海道五拾三次之内36御油《旅人留女》」に活写している。いまでも、年末ともなると上野アメ横では、「いらっしゃい」の呼び込み声が飛び交い、師走の風物詩ともなっている。

 だが、現在では、ホテルも含めアメ横以外のほとんどの店舗では、「いらっしゃいませ」は呼び込みというよりも、来店したことを承知しているというサインあるいは、来店に感謝といった意味合いが強い。

 よって、顧客は、店員の「いらっしゃいませ」に、何と返せばよいのか戸惑ってしまうのである。旅館であれば「ようこそお越しくださいました」と丁寧な一言を添えることで、顧客も「お世話になります」「よろしくお願いします」と返答し、そこから会話が生まれ、関係性の構築が始まる。

 しかし、接触時間が短いカジュアルな店舗で、「ようこそお越しくださいました」と恭しくお辞儀をされても顧客は戸惑うばかりである。そこで、「ようこそお越しくださいました」の代わりに、「こんにちは」の挨拶語をいれて、顧客との距離を縮める作戦にでたのではないかと推察する。顧客にしても「こんにちは」には、「こんにちは」と返せばよいのだから、迷いはない。

 ところで、拙宅近所のファミリーマートの「イーネットATM」は、取引開始時には「いらっしゃいませ。よ~きたね~」、取引終了時には「ありがとうございました。またこんね」と女性の柔らかな音声が流れる。ご当地ATMと呼ばれるもので、「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」を地域の方言で伝えるというもの。福岡のほか、京都、石川、愛媛など13の府県で展開されており、地域ごとに微妙に異なる言い回しを採用している点が心憎い。たとえば、福岡でも筑前ではいらっしゃいませのあとに「よーきんしゃったね」、筑後では「よーこらっしゃったね」と続き、取引終了後には、筑前では「またきんしゃい」、筑後では「またこんねー」で締めくくられる。内心、「またくるけんね」と、つい返してしまう。

 対人接客においても「いらっしゃいませ。こんにちは」以外の、心に響く声かけがあるのではないだろうか。知恵を絞りたい。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。

 
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