【地方再生・創生論 283】曖昧になった責任論 松浪健四郎


 日体大理事長に就任した際、バイク通学生が800人もいるのに驚いた。自転車利用者も含めると1500人もいるという。これで交通事故に遭遇しないのは不思議、やはり毎年のごとく死者が出ると耳にして体が凍りついた。キャンパスが世田谷と横浜に分かれているためどうしても学生たちは利便性を求める。

 私は、交通事故ゼロ達成のために、両キャンパスを往来するシャトルバスの導入を提案した。ところが、反対者の幹部が多数いた。(1)大学生なのだから、自己責任を認識させる必要がある。(2)費用の問題が生じ、利益者負担は国交省のルールでできない。(3)アルバイトのためにバイクや自転車を禁止できない。等々の理由でシャトルバス導入問題は暗礁に乗り上げた。が、私は一歩も引かなかった。生死に関する事象を「自己責任」で片づけてはならず、親や家族の悲しみを理解せねばならない。学問の府に危険なリスクがあっていいはずがないし、「自己責任」とは無責任すぎる。

 法人と大学が資金を出し、シャトルバスが走りだした。うれしいことに事故死する学生はゼロとなり、バス導入の効果はてきめん。が、よく考えてみると、学内のほとんどは学生たちの自己責任の問題であることに気づく。科目履修、単位取得等をはじめ学則のルールは、多くは自由であるけれど、失敗すれば自己責任だ。社会人になるための修業でもあろうか。

 山口県阿武町で起こった事件、「自己責任」を考えさせられたのは私1人ではあるまい。新型コロナ対策の給付金4630万円を町役場が町民の青年に誤って送金してしまい、この特殊すぎるケースは全国の騒動となった。結果的には回収できたが、報道には「自己責任論」が見られなかった。責任の所在がはっきりせず、行政側の責任も明確でなく、ギャンブルに使った青年を責める話が圧倒的に多かった。

 まず、「誤送金をした町の責任」、「町からの連絡で疑問をもたず確認せずに送金した金融機関の責任」、これらはなぜか影に隠れてしまった。知恵ある辣腕(らつわん)の町の弁護士が活躍して回収できた話題が世間で充満し、責任論が浮上しなかった。生身の人間である私たちは、どうしてもミスを犯してしまう。だが、公職にある者、公金を扱う者は、自己責任論から逃れられない宿命を持つ。新手のスマホを用いた海外のカジノ賭博に興味が傾斜してしまって、世論は自己責任論を放棄したかに映る事件であった。人の生命に無関係の話題だったとしても、私たちは責任論を放棄してはならず、行政側は町長が頭を下げるだけにとどまらず、責任についての総括をすべきだった。

 日本では、危険な場所にはフェンスを立てる自治体が一般的である。米国では自己責任の意識が強く定着しているため、あまり危険防止策をとらない。わが国では、自己責任論よりも住民擁護策が優先する。国民性が異なるとはいえ、日本人は役人を責め、役所を責める。時に自己責任論が埋没してしまう。日本の武士は、切腹までして責任をとったが、現在ではその武士道は通用しない。困ったときは、国が法律に基づいて助けてくれる社会だ。

 さて、ギャンブルに興じて大金を使い果たした青年は、全て負けてしまったのだろうか。私のカジノにおける体験からすれば、いくらかは勝ったと想像する。回収された金にそれらも含まれていたのかもしれないが、事件の発端は町職員の誤送金である。なぜかこの町職員の動向について報じられることはなかった。誤送金をギャンブルに使った青年だけを棚に上げて、責任論を曖昧にしてしまった。

 阿武町も「ホウ・レン・ソウ」を徹底しておれば、このような問題を起こさず、こじれさせずに済んだに違いない。上司への報告、連絡、相談をこまめにする習慣を持っていたなら、誤送金という大失敗をしなかった。往々にして、役人同士の距離が近いために「ホウ・レン・ソウ」を忘れてしまう。馴れ合いのために緊張感を無にしてしまう。行政には、いかなるときでも住民への奉仕だという認識が求められる。

 
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