【口福のおすそわけ 537】伝統のメニュー~前編~ 竹内美樹


 先日、どうしても思い出の味が食べたくて出向いたのが、東京會舘の「ローストビーフ&グリル ロッシニ」。同舘には他にもレストランがあるが、同店のディナーコースはプリフィクスで、筆者が食べたいと考えていた「伝統のメニュー」の全てが選択可能なのだ。筆者が子供の頃からよく家族で食した思い出の味は全部で4品。その1品が、「東京會舘伝統のダブルコンソメスープ」。…そもそもコンソメって?

 キューブや顆粒(かりゅう)のコンソメの素を販売している味の素株式会社によれば、フランス語でconsommeとは「完成された」という意味があるそうだ。肉と香味野菜とブーケガルニで煮出したダシ「ブイヨン」をさらに調理して、完成されたスープを指すのだそう。

 コンソメは、使う素材によっていくつか種類がある。ラーメンに豚骨スープや鶏白湯スープ、魚介系スープなどがあるがごとく、牛のコンソメは「コンソメ・ドゥ・ブフ」、鶏のコンソメは「コンソメ・ドゥ・ボライユ」、魚のコンソメは「コンソメ・ドゥ・ポワソン」などだ。東京會舘の伝統のダブルコンソメは、国産鶏と野菜だけを使った「コンソメ・ドゥ・ボライユ」だ。昔ながらの製法で煮込み、ネルの布地で丁寧にこすという工程を2回繰り返し、3日間かけてやっと完成に至るという。

 この、2回繰り返すという作業から、「ダブル」の名が付くワケだ。フランスでは「コンソメ・ドゥーブル」と呼ばれる。一度作り上げたコンソメに、もう一度ダシの素となる肉や野菜を加えて煮込むのだ。その際、同時に卵白も加える。卵白には、アクや脂肪分を吸着して固まる性質があるため、濁りのない透明なスープに仕上げることができる。「クラリフィエ」という、フランス料理の調理技法だ。

 真っ白な器に入った、琥珀(こはく)色のダブルコンソメがテーブルに運ばれると、香味野菜の凝縮された香りが漂ってくる。鶏の肉や骨から出るエキスが、舌の上でこれでもかと主張してくる。香りとうま味のダブルパンチだ。澄んでいるのに、ムチャクチャ濃厚な味わいにノックアウトされた。

 思い出の2品目は「舌平目の洋酒蒸 ボンファム」。東京會舘が開業したのは、大正11(1922)年11月1日。その2週間後に行われた結婚披露宴の献立表にも、「舌平目魚洋酒蒸」と記載されていたそうだ。創業当時から受け継がれる、まさに伝統のメニューである。

 パリの名店「プルニエ」や「ホテル・リッツ」で修業した、初代料理長田中徳三郎氏が、パリからレシピを持ち帰り、完成させた逸品といわれる。舌平目とシャンピニオンを、白ワインと魚のダシで煮込み、バターをタップリ加え、さらにオランデーズソースをかけてオーブンで焼き色をつけるのだ。卵黄とレモン果汁、バターを乳化させたソースのコクと、ふんわり食感の舌平目のふわとろ加減が絶妙で、クセになる味。

 伝統のメニュー、あと二つは? 同舘の歴史も含め、次号をお楽しみに♪

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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