前回、東京のご当地そば「磯雪そば」「淡雪そば」について書かせていただいた。江戸時代にも食べられていたらしいが、卵を泡立てるのではなく、山芋を使うタイプもあったようだ。池波正太郎氏の時代小説『鬼平犯科帳』に登場するのがこちらのスタイルだ。文春文庫第二十四巻「ふたり五郎蔵」に、こんな記述がある。
「山芋をすりおろし、薄めのだしで溶いたものを、熱いそばの上へ、たっぷりとかけまわし、もみのりを振って出すのが淡雪そばだ」
確かに、山芋をすりおろして加熱すると、ふわふわ食感になる。そばは冷やしに限ると思っている筆者だが、コレはおいしそう♪
さて、その山芋だが、実は「山芋」という品種はない。ヤマノイモ科ヤマノイモ属の芋の総称なのだ。そのうち日本原産で、山に自生しているのが山の芋、別名「自然薯(じねんじょ)」。天然物はめったにお目にかかれない。近年栽培物もあるが、種となるムカゴから出荷まで2年もかかるため、やはり高級品。かなり前になるが、自然薯の里と呼ばれる、香川県さぬき市大川町南川に伺ったことがあった。粘りが強くモチモチ食感の滋味深い味が忘れられない。
…というワケで、最も粘りが強いのが自然薯だ。続いて、伝統野菜「大和野菜」として認定されている「大和芋」は「つくね芋」とも呼ばれ、ゲンコツのような形状。こちらもかなりネットリ系だ。そしてイチョウの葉のような形の「イチョウ芋」。関東ではコレが「大和芋」と認識されているとか。さらに、九州沖縄地方で栽培されている「ダイジョ」というヤマノイモ属もあり、九州では「つくね芋」と呼ばれるそうだ。何だかややこしくなってきたぞ?
最もポピュラーなのが、棒状で長い「長芋」だろう。大抵のスーパーに並んでいる。真っすぐである程度の太さがあるから扱いやすい。調理中に手がかゆくなってしまう筆者にはありがたい。水分量が多く一番サラッとしているのが長芋だ。大好きな小千谷のへぎそば「角屋」で酒のさかなに提供される「長芋とんぶり」の糸のような極細切りは、長芋でなければムリだろう。
そばつゆにすりおろしたとろろを混ぜる場合、自然薯ほど粘度が強いと混ぜにくい。自然薯をすり鉢ですって、だしと合わせれば極上のとろろ汁に。その歴史は古く、十返舎一九の小説『東海道中膝栗毛』や歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」などに登場する。静岡県丸子(まりこ)宿周辺で良質な自然薯が採れたため、峠越えの旅人のスタミナ食として名物になったそうだ。
北信州では、節分にとろろ汁を食べる習慣があるとか。長芋を鬼の金棒に見立て、それを食すことで鬼をはらうとする説や、長芋をすっている姿を見た鬼が、鬼の角をすっていると勘違いして逃げ出したという説、鬼が滑って家に入れないようにするという説など、諸説あるらしい。
地域によって名称や品種は異なるが、生でも漬物でも、揚げても焼いても美味な上、疲労回復にも役立つなんて、スゴイぞ山芋!
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。