レストラン「ラ・ロシェル」のオーナーシェフ坂井宏行氏は、フジテレビ系列で放送されていた超人気番組「料理の鉄人」に、フレンチの鉄人として登場。1999年の番組終了時、「最強鉄人」と「世界最強シェフ」の称号を得たムッシュに、伺ったことがある。あの番組、ホントに事前に食材を知らせてくれなかったんですか?と。モチロン!とムッシュ。毎回が、ガチの真剣勝負だったそうだ。
「フランス農事功労章シュヴァリエ勲章」を受勲、日本の「現代の名工」も受賞された最強の鉄人だが、下積み時代にはいろいろなご苦労もされている。さまざまなフランス料理店で修業を積み、茶懐石まで学んだことで、フレンチに懐石料理の技法を取り入れた繊細な盛り付けや、美しい色使いの「フレンチ懐石」を確立。1980年に独立、フランスの美しい港町の名にちなんだ同店を開業された。
話は変わるが、先日、ムッシュのお誕生日祝いも兼ねた会食で同南青山店を訪れた。当日ムッシュは客席で一緒にお食事されたので、シェフコートでなく私服。日頃から鍛えられているから、御年82歳とは思えないカッコ良さ!
現在、南青山・山王・福岡の3店舗を運営する同グループ総料理長兼南青山店料理長を務めておられる川島孝氏のお料理が提供された。シェフの思い入れのある生産者の完熟トマトやハーブなどを散りばめ、オシェトラキャビアやトリュフなどぜいたくな食材も使用し、それぞれ目にも舌にもうれしいお料理が続いた後、5品目に登場したのが「手長エビのクルジェット包み」。ムッシュのスペシャリテである。
手長エビは、フランス語でラングスティーヌ、イタリア語でスカンピ、日本では赤座エビとも呼ばれる。クルジェットとはズッキーニのこと。1ミリの厚さに切ってサッとゆでたリボン状のズッキーニを、竹串を使って7×7本ずつ丁寧に編み込んでいく。出来上がった市松模様のズッキーニで、ホタテとエビのムースと、殻を外し塩ゆでしてからマリネした赤座エビを包み込んで蒸すという、気が遠くなりそうに手間のかかるお料理なのだ。
独立前の「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」シェフ時代に創作したものだそうで、それは何と1971年ごろのこと。つまり、50年以上も作り続けてこられたお料理だ。南青山店に飾られた、アントン・モルナー氏の「ラ・ロシェルに捧ぐ」という絵にも描かれている。
ムッシュはアサリのだしをたっぷり使った「コキアージュソース」を添えていたが、川島シェフは、旬の木の芽を使った「サンショウとショウガ香るブールブランソース」で春の香りを添えた。ムッシュが創り上げた作品を継承しつつ、自身のエッセンスも加えられてお見事! 一早くレストラン・ウェディングに注力し、成功を収めた同グループでは、今なおウェディングでこのスペシャリテを数百本作るそうだ。生涯現役というムッシュと、川島シェフのご活躍に期待したい。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。