【口福のおすそわけ 453】料理は愛情 竹内美樹


 日本の中国料理界発展に貢献し、「現代の名工」「黄綬褒章」を受章した、公益社団法人日本中国料理協会会長で四川飯店グループ会長の、「中華の鉄人」こと陳建一シェフが、3月11日天国に旅立たれた。

 父は、「四川料理の神様」と呼ばれた、同店初代オーナーシェフ陳建民氏。日本に四川料理を広めた偉大な料理人だ。回鍋肉や麻婆豆腐、エビチリ、担々麺などを、日本にない食材は入手しやすい物で代用し、日本人の口に合う味付けに変え、家庭でも作りやすいようにアレンジして紹介したのは、あまりにも有名な話。

 大学卒業後、同店に入社し父のもとで修業を積み、35歳の若さで2代目を継いだ建一氏。同氏は四川料理に限らず、中国料理全般の人気を高めた功労者だ。あの伝説ともいえるテレビ番組「料理の鉄人」に、番組開始時から最終回まで「中華の鉄人」として君臨していた影響も大きい。

 1993年の初登場時、鉄人最年少の37歳で、負けることも多かったため、判官びいきの人々の心をつかみ、チャーミングな人柄も相まって、たちまちお茶の間の人気を博した。最終成績は94戦で勝率72・3%。ライバルで盟友だったフレンチの鉄人、坂井宏行シェフの勝率80・4%には及ばなかったものの、全鉄人中最長の19連勝という記録を残した。筆者も、毎回繰り広げられる激闘を見て、手に汗握っていた一人だ。

 当時は憧れの鉄人たちに会える日が来るとは思っていなかったが、幸いにもご縁に恵まれた。一度、坂井シェフに尋ねたことがあった。テーマ食材は本当に本番で知らされるのか? そして制限時間はホントに1時間なのか? 答えは、何と両方ともイエス!

 同番組がオーストラリアで放映されていた時期、現地では空前の鉄人ブームとなった。シドニーでイベントが開催された際は、筆者も現地で合流。坂井・陳両氏のチームと街に出れば、「Iron Chef!」と声を掛けられ、写真撮影にも気さくに応じていたお二人。美食会では、麻婆豆腐の登場で場内が一気に盛り上がり、「ブラボー!」と拍手が沸き起こった。その時の陳シェフのうれしそうな様子が今も目に浮かぶ。

 筆者が役員を務める「神田明神下みやび」の飲食店リニューアルオープンにも駆け付けて下さった。その夜も翌日ゴルフだと仰っていたが、鍋よりゴルフクラブを振る方が多いと本人も認めるほどのゴルフ好きだった。携帯にお電話したとき、「今ティーグラウンドなんだよ」なんてこともあった。あの楽しそうに弾んだ声が忘れられない。

 ゴルフをエンジョイし、後進の育成に注力できたのは、長男・建太郎氏が3代目として跡を継いでくれたから。四川大学に留学し、現地有名店で修業もしてきた実力者だ。海外出店も果たし、頼もしい限り!

 テレビで訃報と共に何度も流れたのは、「料理は愛情」という陳シェフのコメント。人を愛し人に愛されたからこそあふれた言葉だ。ご冥福をお祈りします。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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